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2020. 01. 14  
富家(向家)の口伝伝承。
それらは、富當雄(とみまさお)氏、斎木雲州氏(當雄氏の後継者のペンネーム)の書籍で世に出ることになった、彼ら一族の歴史です。

富氏の伝承の内容を知った時、私は例えようもなく動揺しました。

何故なら、その伝承とは、彼らは今伝わる所の大国主(尤も彼ら曰くこの名称は奈良時代まで存在しなかったそうですが)直系を名乗り、スサノオは徐福で、ニギハヤヒも徐福の日本名であり、出雲王朝にとっては侵略者であり、当時の大国主と事代主を殺した、というエピソードを含む口伝を、4千年も語り継いできたというものであったからです。
(何故4千年にもなるかというと、日本に定住する前からの伝承を含む為)

私は何故か出雲系の神様が好きで、理由もわからずにいたのですが、産土神が津島神社だった(両親の故郷とは全く関係なく、たまたま父が転勤で津島市・津島神社の近くに住んでいた時期に《偶然》私が生まれた)ことを大人になってから知って、そういうことかと納得し、嬉しい思いで御縁を感じ、スサノオ様の正妃・日本最初の大和撫子クシナダヒメ様、スサノオ様の末子にして誇り高き継承者・スセリヒメ様が大好きで、遠い東北の地からその御霊に手を合わせてきたのです。

でも、富家(向家)の口伝伝承は、私が大切に手を合わせてきた想いを、粉々にする内容でした。
彼ら曰く、稲田姫はスサノオ(徐福)よりも200年も前の人物で、結婚するはずもない。スセリヒメも後世の創作で、存在すらしなかった。

などと《種明かし》されて、私が動揺しなかったはずがありません。

私は、このブログにそのことを書いて、富家伝承はどの程度の信憑性があるのか、明確に肯定・否定しうる材料はあるのか、誰か教えて下さいと呼びかけました。
場合によっては、意を決して今までの信仰心を覆さなければいけない、とまで思いました。

でも、アクセス数は多かったものの(もう、タイトルからして『緊急!』とか『助けて下さい!』でしたから……それでアクセスが増えるのですから、日本はつくづくいい人が沢山いるなあと思います)、どなたからも返答を頂けませんでした。

今思えば、返答が無いのは当たり前なのですが。
だって、答えようがないのですから。

古事記も日本書紀も嘘だ、と否定するのが富氏の主張ですが、古事記や日本書紀の場合、これこれが本当で、だがこの辺は偽りだとか歴史の改竄だとか文句を付けることが出来るのは、比較対象になる文書が中国・朝鮮半島に存在し、日本にもそれ以外の文書や神社伝承が存在し、考古学・言語学・地理学……その他諸々との照合があってのことです

古事記も日本書紀も、色々問題はありますが、現在の所偽書ではない(成立した時期、書いた&書かされた人物が偽られていないとされる)このふたつの書物が全くの嘘だ、とバッサリ斬られてしまっては、何と比較検討すればよいのかわかりません。
『風葬だから墓が遺跡に残らない』と、これも考古学的には重要な分野が役に立たないとなると、更に比較対象が大幅に減ってしまいます。

あれもこれも嘘だ、存在しない、というのでは、学術的な態度でアプローチするのは、非常に困難です
だから、誰からもお返事がなかったのだと思います。

古代史は、私が子供の頃に習ったものとは全く違います。
例えば、私の中学時代の記憶では、弥生時代は前3世紀~後3世紀です。(始まりも終わりも3なので覚えやすかった受験生
弥生時代は稲作の時代で、比較的平和な時代だった、と習いました。

なのに、何年か経って、『弥生人は自然の湿地を田にして稲を作っていたので、その湿地の争奪戦により、弥生時代は壮絶な戦乱の時代だったのです』。と聞いたときには

何その私の知らない世界!?

そもそも、陸稲というものがあったことも、恥ずかしながら知ったのは最近のことです。

でも、今では旧石器時代から既に日本には人間がいて、縄文時代は前14000年頃~前10世紀、弥生時代は紀元前10世紀に始まるとする説が有力になり(繰り上げに反対論もある)、しかもその時代区分であっても縄文土器と一緒に普通に稲作の痕跡も見られるところまで考古学が古代史を変えました。

出雲神話と時期が被ると思われる時代は、とうに弥生時代=稲作、ではなくなっていたのです。

また、渡来人がどうこうする以前に、朝鮮半島(5千年ほど、半島には遺跡が殆ど発掘されない、無人に近かった長い空白期間が存在する)には平和的に『倭人』が移り住み、その倭人同士が海を渡って日本本土と活発に行き来していたことが、発掘される縄文土器や日本産のヒスイなどが証明し、『倭人』の存在を中国の史書が把握しています。

当時は陸路の方がずっと大変で(むしろ、道らしい道なんて、山だらけの日本にあったんだろうか?道は人がわざわざ切り拓かなければ出来ません)、海こそが道でした。
だから、半島では長い間倭人の言葉が通用しました。中国は明らかに言語が違うので、通訳は必要だったかと思いますが。

※ ソースは『日本の誕生』長浜浩明 著(嫌韓の表現が見られるので注意。内容については私は現代日本人の起源が大昔の縄文人であることは同意しますが、その後の日本人には多くの渡来人との混血がなくては、現代日本人に占めるY染色体の種類の割合の説明がつかないと思うので、弥生人到来を否定する長浜氏とは結論を異にします)

(つづく)
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プロフィール

chikaru414

Author:chikaru414
日本の神話と神社仏閣、それにまつわる歴史が好きです。
スサノオ様、スセリヒメ様はじめ出雲の神様と水神様推し。
定義山西方寺を崇敬。伊達政宗公を尊敬する伊達家家臣末裔です。透明水彩絵師。

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