2023.
01.
17
片やオオヤマツミの娘で天孫の妻である女王。
片やオオクニヌシの娘で兄とそっくりな天津神の妻であった、きっとスセリヒメ後継者。
どうして、同じ名前を持っているのでしょうか?
わかりません。
こんな記事を書いておいて何ですけども、気付いた時私は驚くばかりだったのです。
サクヤ様の神阿多都比売は知っていて、まるで出雲の神屋楯比売(スセリヒメ)と対を成すような存在だなとは思っていたのですが、
シタテルヒメについては夫に死なれたこと以外には特にエピソードが無く、その割には『稚国玉』なんていう凄い名前を持っているものだなあと不思議に思っていた程度でしたので。
なので、書きながらリアタイで考えます。
シタテルヒメの別名・高照姫と同じ読みの高照光姫(たかてるひめ)という、「光」を入れなくたって既に照ってるじゃん!!と突っ込みたくなくなる姫神がいて、これでもかと光り輝く感じに結構敬われているのですが、この名の女神は出雲には祀られていないそうです。
※ 『光』で『てる』と読ませる前例はあります。少彦名を失って茫然としていた大国主のところに、海を光して(てらして)やってきたのが大物主です
『高照姫』が実は異名ではなく別神なのか、或いはシタテルヒメは出雲からヤマトの地に移動してヤマトでは高照姫、高照光姫と名を変えていたのか、どちらかなのでしょう。
上記の場合、前者だと詰むので、後者のシタテルヒメ→タカテルヒメ、の説を採ります。
『あたかやぬしたききひめ』という、何故か阿多の女王の称号を持つ、出雲の下照姫。
下照姫もオオヤマツミの系譜で、且つ阿多の女王を継ぐ条件を満たしていたのでしょうか?
だとしたら、可能性がいくつか思い付きます。
八島士奴美(ヤシマジヌミ=オオナムチと推測されている)の妃が『木花知流比売/コノハナチルヒメ』で、この女神はサクヤヒメの姉か、サクヤヒメと同体であり、つまりオオヤマツミの娘である、ということです。
実は、播磨国風土記にも、コノハナサクヤヒメが伊和大神(=オオナムチとされる)の妻となったという記述があります。
別神とみられているのが一般的(?)な模様ですが、ニニギ尊と離婚した(レスになった)コノハナサクヤヒメが出雲と縁を持ってもおかしくないし、実はオオナムチ×サクヤヒメ(チルヒメ)の娘がシタテルヒメだった、というなら下照姫は阿多の女王として似た美称が捧げられたのは頷けます。
又は、八島士奴美や伊和大神といった、如何にも讃え名である神の正体が、オオナムチではなくスサノオである場合です。
元々、《大国主》の業績は、スサノオとオオナムチが混ざっているようですし、スサノオ様と出雲が大好きな(?)《八》という数字が付いた《八島》を《士/しる=領有》+《奴=の》+《美=神霊》という讃え名は、オオナムチよりもスサノオ様の方に相応しいと思うのです。
ならば、自動的にサクヤヒメ(チルヒメ)はスサノオの妻ということになります。
そして、スサノオの妻のひとりに神大市比売(かむおおいちひめ)という謎の女神がいるのですが、この女神も接頭語に《神》が付く、ただならぬ神威の女神です。
この神大市比売が、神阿多都比売(サクヤヒメ)であったなら、その娘は宇迦之御魂(うかのみたま/スセリヒメ)となり、孫娘は下照姫、という母系の直系になります。
ならば、スセリヒメが出雲女王と阿多の後継者を兼ねていて、故に神屋楯比売と讃えられたのも、その娘の下照姫も当然にスセリヒメと同じ母系の権利を受け継ぐことになります。
……考えてみると、色々出てくるものですね。正解か不正解かはともかく。
ニニギ尊もイワレヒコも必要とした、オオヤマツミの血を引く《阿多の姫》。
思うよりずっと、天孫族と出雲族の血は近く、近いからこそ正当な王家の座を巡って争うことになったのかも知れません。
片やオオクニヌシの娘で兄とそっくりな天津神の妻であった、きっとスセリヒメ後継者。
どうして、同じ名前を持っているのでしょうか?
わかりません。
こんな記事を書いておいて何ですけども、気付いた時私は驚くばかりだったのです。
サクヤ様の神阿多都比売は知っていて、まるで出雲の神屋楯比売(スセリヒメ)と対を成すような存在だなとは思っていたのですが、
シタテルヒメについては夫に死なれたこと以外には特にエピソードが無く、その割には『稚国玉』なんていう凄い名前を持っているものだなあと不思議に思っていた程度でしたので。
なので、書きながらリアタイで考えます。
シタテルヒメの別名・高照姫と同じ読みの高照光姫(たかてるひめ)という、「光」を入れなくたって既に照ってるじゃん!!と突っ込みたくなくなる姫神がいて、これでもかと光り輝く感じに結構敬われているのですが、この名の女神は出雲には祀られていないそうです。
※ 『光』で『てる』と読ませる前例はあります。少彦名を失って茫然としていた大国主のところに、海を光して(てらして)やってきたのが大物主です
『高照姫』が実は異名ではなく別神なのか、或いはシタテルヒメは出雲からヤマトの地に移動してヤマトでは高照姫、高照光姫と名を変えていたのか、どちらかなのでしょう。
上記の場合、前者だと詰むので、後者のシタテルヒメ→タカテルヒメ、の説を採ります。
『あたかやぬしたききひめ』という、何故か阿多の女王の称号を持つ、出雲の下照姫。
下照姫もオオヤマツミの系譜で、且つ阿多の女王を継ぐ条件を満たしていたのでしょうか?
だとしたら、可能性がいくつか思い付きます。
八島士奴美(ヤシマジヌミ=オオナムチと推測されている)の妃が『木花知流比売/コノハナチルヒメ』で、この女神はサクヤヒメの姉か、サクヤヒメと同体であり、つまりオオヤマツミの娘である、ということです。
実は、播磨国風土記にも、コノハナサクヤヒメが伊和大神(=オオナムチとされる)の妻となったという記述があります。
別神とみられているのが一般的(?)な模様ですが、ニニギ尊と離婚した(レスになった)コノハナサクヤヒメが出雲と縁を持ってもおかしくないし、実はオオナムチ×サクヤヒメ(チルヒメ)の娘がシタテルヒメだった、というなら下照姫は阿多の女王として似た美称が捧げられたのは頷けます。
又は、八島士奴美や伊和大神といった、如何にも讃え名である神の正体が、オオナムチではなくスサノオである場合です。
元々、《大国主》の業績は、スサノオとオオナムチが混ざっているようですし、スサノオ様と出雲が大好きな(?)《八》という数字が付いた《八島》を《士/しる=領有》+《奴=の》+《美=神霊》という讃え名は、オオナムチよりもスサノオ様の方に相応しいと思うのです。
ならば、自動的にサクヤヒメ(チルヒメ)はスサノオの妻ということになります。
そして、スサノオの妻のひとりに神大市比売(かむおおいちひめ)という謎の女神がいるのですが、この女神も接頭語に《神》が付く、ただならぬ神威の女神です。
この神大市比売が、神阿多都比売(サクヤヒメ)であったなら、その娘は宇迦之御魂(うかのみたま/スセリヒメ)となり、孫娘は下照姫、という母系の直系になります。
ならば、スセリヒメが出雲女王と阿多の後継者を兼ねていて、故に神屋楯比売と讃えられたのも、その娘の下照姫も当然にスセリヒメと同じ母系の権利を受け継ぐことになります。
……考えてみると、色々出てくるものですね。正解か不正解かはともかく。
ニニギ尊もイワレヒコも必要とした、オオヤマツミの血を引く《阿多の姫》。
思うよりずっと、天孫族と出雲族の血は近く、近いからこそ正当な王家の座を巡って争うことになったのかも知れません。

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