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2020. 07. 01  
私は、日本神話には実際の古代史が反映されている派なので、今回は【歴史】カテゴリの記事として書くことにしました。

私が以前から気付いていたのは、スサノオ、クシナダヒメ、スセリヒメ、オオナムチが、全員末子、だという事です。

末子相続は、別に出雲に限らず広く存在した風習です。
長じた者は外に出て行き独立し、残った末子が跡を継ぐ、ということです。

実は、天津神サイドも、途中から末子相続です。

女神アマテラス(長女)→ アメノホヒ(五皇子の長男とされているが、いっぺんに生まれたっぽいので不明)→ ニニギ(ひとりっ子or次男で推定末子)→ ホオリ(別名ヒコホデミミは、何故か神武帝と同名。3~4兄弟の末子)→ ウガヤフキアエズ(ひとりっ子)→ 神武帝 (4兄弟の末子

という具合なのです。
そして、その配偶者もまた、

女神アマテラス:夫無し。しかし誓約でごまかされる程度に、スサノオ(末子)と姉弟なのは嘘で、実はスサノオの妻のひとりであったかもしれない。その場合、スサノオの正妻・クシナダヒメがスサノオと出会った頃はまだ童女(古事記。日本書紀では少女)というかなり年若い妻であったことから、スサノオの末子(後継者)はクシナダヒメの子であり、女神アマテラスの子は庶子(つまり傍系)である可能性が高い

アメノホヒ:正妻(?)は、タクハタチヂヒメ。タカミムスヒ神の娘or孫。或いはオモイカネ神の妹。誕生順は不明。

ニニギ:正妻(?)は、カムアタツヒメ(別名コノハナサクヤヒメ)。父のオオヤマツミはかなり子沢山だが、アタという薩摩西部の地名を冠しており、イワナガヒメ・コノハナチルヒメと3姉妹の末の妹であり、アタ地方の跡取り娘=末子と思われる。

ヒコホデミミ:正妻(?)はトヨタマヒメ。父は竜宮に住まうワタツミ神。タマ=玉=真珠説を取れば、豊かな玉に神霊が依り憑く巫女ということになり、山幸彦=陸地(農耕)の権力者が海の民と婚姻したとも取れる。トヨタマヒメには妹がいるので、末子ではない。

ウガヤフキアエズ:正妻(?)はタマヨリヒメ。この名を持つ女神は多数見受けられ、神霊が依る巫女という属性を持つ女性を広く指す呼称かもしれない。このタマヨリヒメは、ワタツミ神の娘で、トヨタマヒメの妹(つまりウガヤフキアエズの叔母)なのだが、ウガヤフキアエズと結婚し子を設ける。タマヨリヒメはワタツミの四兄妹の末子で跡取り娘であったと思われ、神武帝の系譜は、二代続けて海の民と婚姻し絆を深めただけではなく、末子の姫を妻とすることで、その背後の権力を継承し、勢力拡大したことになる。

神武帝:皇后はヒメタタライスズヒメ。オオモノヌシorコトシロヌシの娘で、2代天皇の綏靖天皇(末子で皇位を継承した)の母。父親については、オオクニヌシが幽世に去ってからも奇魂・幸魂であると名乗ったはずのオオモノヌシが生きているのなら、元からオオクニヌシとは別神と考えるべきだと思う。そして、コトシロヌシも、逆手を打って入水(おそらく死亡)したコトシロヌシと同一なのかは不明。ヒメタタライスズヒメには妹(イスズヨリヒメ。こちらはいくつかの資料がコトシロヌシの娘ということで一致)がいるので末子ではないが、単にコトシロヌシ(だと私は個人的に思う)の娘で婚姻可能な年齢の姫が、ヒメタタライスズヒメしかいなかった(出雲の正当な継承権を持つ最年少)、とも取れる。

綏靖天皇:2代天皇。初代・神武帝の末子。皇后は皇太后・ヒメタタライスズヒメの妹(つまり綏靖天皇からみると叔母)のイスズヨリヒメ。イスズヨリヒメは、コトシロヌシの末子と思われる。

安寧天皇:3代天皇。2代天皇の子(ひとりっ子か。他に名前が見えない)。皇后は、コトシロヌシの孫・鴨王(かものおおきみ。別名・天日方奇日方命)の娘・ヌナソコカワツヒメ。

懿徳天皇:4代天皇。3代天皇の2兄弟の末っ子。もしくは3兄弟の2番目。皇后はアマトヨツヒメ。3代皇后・ヌナソコカワツヒメの孫である皇女。

※その後、末子相続ではなくなり、コトシロヌシの血筋にこだわらなくなる。

と、ズラッと並べてみましたが、一見してすぐに判ることは以下です。

1.後継者が女子である場合、外部の男が入り婿する形で、妻の背後の勢力の長・王になるシステムである。(ニニギ・ウガヤフキアエズ・綏靖天皇)

2.皇統にコトシロヌシの血筋の娘を迎えまくっている。(古事記ではオオモノヌシの娘とされる場合もある)ことから、オオクニヌシの次の正当な出雲王はコトシロヌシで、コトシロヌシが出雲の末子だったことは明白。先代旧事本紀で、敗走したタケミナカタがコトシロヌシを兄と言っているのは間違い。(タケミナカタは有力な武将であっても末子ではない)

3.神武帝が出雲を攻略した後も、それを維持するのはなかなか難儀していたことが窺える。出雲が反逆しない為に、神武・綏靖・安寧・懿徳と、4代にも渡って皇后をコトシロヌシの血筋から迎えているのは、それが敗戦国・出雲を鎮める一番の融和策だったから。

4.神武帝の皇后・ヒメタタライスズヒメが未亡人となった=夫が無い状態になった(神武の異母兄に無理矢理妻とされた時期もあるが)ことと、4代懿徳天皇の皇后の名がアマトヨツヒメ、であることから、魏志倭人伝の言う、『年長大』であるも夫はいない女王・卑弥呼と、その後男王が統治するも国が乱れたので卑弥呼の血統である台与を《共に》女王に立てて国を鎮めた、という記述を根拠の一つにしているのが、邪馬台国畿内説である。

5.上記の説通りだとすると、神武はよくわからないけれども、皇太后・ヒメタタライスズヒメ=卑弥呼が女王であり、
ヒメタタライスズヒメ生存中の天皇は対外的には王と認識されていなかったことになってしまうとか、
女王は出雲系なのが必須条件になるんだけどいーんですか?


……と、ざっと挙げてみただけで、これだけツッコミどころがあるのは面白いです。
私は出雲贔屓なので、邪馬台国に関してはほぼ素人で、畿内なのか北九州なのか、どちらかの説に与する意見は全く持ち得ないのですが。

ただ、仮に邪馬台国が畿内にあった場合、皇統がこれだけコトシロヌシの血筋の皇后を迎えたということは、

ヒメヒコ制、もしくは夫婦統治

だったのでしょうか?
ヒメヒコ制については、手っ取り早くwikiにリンクを貼って置きますので、興味のある方はお読み下さい。

私は、邪馬台国はヒメヒコ制、出雲もひょっとしたら夫婦統治だった可能性も考えています。
出雲については、いつかまたの機会に。



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chikaru414

Author:chikaru414
日本の神話と神社仏閣、それにまつわる歴史が好きです。
スサノオ様、スセリヒメ様はじめ出雲の神様と水神様推し。
定義山西方寺を崇敬。伊達政宗公を尊敬する伊達家家臣末裔です。透明水彩絵師。

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