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2019. 12. 08  
前日の続きです。
仙台城の北の玄武については、【星の街仙台】のHPをご覧下さい。(このブログのリンク集にあります)

内容の一部は書籍にもなっていますし、あまり詳しく私が書くと著作権に引っ掛かるかもしれないのと、仙台が伊達政宗公から4代に渡って築かれた結界の街であるという研究成果は、【星の街仙台】様の方が圧倒的に詳しく、25年もの間その研究をなさった稲辺勲氏に敬意を表したいからです。

ただ、とにかく亀岡八幡宮は、伊達家の居城が移る度にあちこち連れ回された(?)ほどに、伊達家にとっては大切な氏神で、元・瀧澤神社が鎮座していた、場所だけで既に聖地であったそこが、必ず必要でした。

かといって、瀬織津姫様を粗末にするには、伊達政宗公は瀬織津様が何ものなのかをあまりにも御存知でいらした。
※ どういう経緯かはわかりませんが、徳川家康公なども御存知であったそうです

そして、遷座した瀧澤神社の場所は、現在の錦町公園にあった訳ですが、

>瀧澤神社の主祭神は祓戸大神(はらえどのおおかみ)の一柱で、災厄抜除の女神・瀬織津姫である。祓神や水神としても知られるが、瀧や河の神でもあり、それが火防の神と謂われる所以であると思われる。(瀧澤神社公式HPより引用)

…はい?火防の神???

ちょっと、待って。

私の勉強不足かも知れませんが、瀬織津姫は瀧神であり、轟き流れ落ちる圧倒的な水の力によって祓い清める、最上級の祝詞である大祓詞からだけは決して削除出来なかった圧倒的水神であり、それ故に龍神、或いは月神、桜神という属性も知られるけれども、火防の神として祀られる、というのは寡聞にして知らぬ。

だいたい、火防の神と言ったら、愛宕神社か秋葉神社では?
実際、仙台の結界の要として、愛宕神社が火の神にして火防の神として立派に祀られており(それも南方に火神という心憎さよ)、政宗公が新たに火防の神を別ルートの結界の要所(後述します)に必要としたとも思えない。

現在、瀧澤神社の鳥井脇にある、『火防瀧澤神社』の石碑は新しいものなんだなとすぐ見てわかるものですが、これが戦前や江戸時代にも旧い石碑が建っていたとしたら、それはそれで面白いカモフラージュですね。

日本の神の祭祀の際に、まず初めにすべきことは禊ぎです。水で清めなければならない。
これだけは、2000年以上の歴史を持つとされる代々の天皇でさえ、背くことは出来ない。

だから、瀧神・瀬織津姫は、最も清浄で、最も恐ろしい。

そして、その水神の中の水神を祀った瀧澤神社は、仙台空襲で街が焼け野原になっても神殿が焼失しなかったことで、一層火防の神とこの土地で崇められるようになってしまった訳なんですが。

それでも、境内にはとても旧い様子の、不動明王らしき石像が祀られている…
やはり、瀬織津姫は水神として祀られ、遷座しても元の地の湧き水や、三居沢不動尊の滝と繋がったままだったのです。

これはまるで、遷座と言うよりも分祀に近い祀り方なのでは?
瀧澤神社の場所が変わろうと、瀬織津姫様は変わらずに、川内亀岡の湧き水に、三居沢の滝に宿っていらっしゃる。
尚且つ、政宗公が築いた新しい街にも祀られた。

何故なら、仙台は『星の街』であると同時に『水の街』でもあったのだから。

今は僅かにその痕跡を所々に残すのみになりましたが、政宗公は、広瀬川から水を引いて、城下町に水路を張り巡らせたのです。

その名を、『四ッ谷用水』と言います…

続きは、次回に。
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chikaru414

Author:chikaru414
日本の神話と神社仏閣、それにまつわる歴史が好きです。
スサノオ様、スセリヒメ様はじめ出雲の神様と水神様推し。
定義山西方寺を崇敬。伊達政宗公を尊敬する伊達家家臣末裔です。透明水彩絵師。

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