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2019. 12. 07  
瀬織津姫と言えば、遙か昔に広く信仰されていた女神であるのに、何故か権力者によって神社からその名を消され、それは明治時代にあってもそうであった……という、《権力者ならばその正体を知っている》、しかし一般人はそれを推測するしかない、謎の女神様です。

しかし、インターネットが普及した今では、返ってその謎故に、そして秘された女神を際立たせる美しい名前から、ファン(?)になった人も多い、今ではすっかり人気者の瀬織津姫様。

そして、仙台では、消されることなく、瀬織津姫様が今でも祀られています。

関東関西から見れば、仙台?東北地方?どこそれ日本なの?みたいな場所なのでしょうが、広大な領地を持っていた伊達藩主・伊達政宗公が築いた街・仙台は、田舎と言うほどド田舎でもなく、東北一強の街です。

そんな仙台で、よくもまあ、瀬織津姫様が、《瀧澤神社》といういかにもな看板の神社の祭神として生き残っていたというのは、なかなかの奇跡ではないでしょうか?
或いは、意図的に守って下さった誰かがいらしたか…です。

瀬織津姫様巡りをしている方はたくさんいらっしゃると思うので、その方々は、滝澤神社がどのような経緯で現在の、『仙台市青葉区本町』という、滝も無ければ水も無い市街地ど真ん中に遷座させられたのか、既に御存知でありましょう。

そう。遷座です。
元から本町にあった訳ではないのです。

元々存在した場所は、東北大学にほど近い、川内亀岡。
今ではその場所に、亀岡という地名が付いている程度に、伊達家の氏神・亀岡八幡宮が鎮座しています。
そんな場所に、元々の瀧澤神社は古くから存在し、立派な社殿に大切に祀られていた、地元の人の崇敬厚い神社でした。

今でも、亀岡八幡宮の敷地内には、『高良玉垂神社』という神社も祀られていて、その高良社横の崖には、湧水が今でもあるそうです。
そして、広瀬川に向かって坂道を下っていくと、三居沢不動尊があり、私は故あってまだ足を運んだことが無いのですが、水力発電に水が取られる以前は、今よりもずっと多い水量の滝があったと伝えられます。

つまり、今の亀岡八幡宮の場所は、瀬織津姫様が祀られるのにふさわしい、占いをすればまさにここ!と神託が出たであろう(神社は建てたい場所に勝手に建てるのではありません)、好条件の立地なのです。
そして、古くの地名は川内瀧澤だった。

いくら北の玄武(《亀》岡)が欲しかったからって、瀬織津姫を追い出すとは何やってんじゃーーー!!

…と、お怒りの方もいらっしゃることでしょう。(つか、私もはじめはプチ怒ってた)

でも、仙台のヒーロー・伊達政宗公(亀岡八幡宮を現在地に遷座することを決めた)と、実行した四代網村公を恨むのは、ちょっと待て!
宮城県神社庁に寄りますと、瀧澤神社は

>天和3年綱村公の時、万事整い八幡宮造営に当り滝沢神社を城下町の地割の際盛大に地鎮祭を行われ、それに用いた尺度の縄などを処分清浄の地としてありし現在の本町(旧大仏前(おぼとけまえ))に遷座せられた。戦後都市計画に依り現在地に移動した。

戦後に移動したと言っても、さほどではありません。今は近くに公園がありまして、そこに遷座していた瀧澤神社を、少しずらした、という程度で誤差の範囲と思います。

つまり、伊達家は、瀧澤神社も瀬織津姫も、決して粗末にしなかったのです。
それどころか、実は瀧澤神社は、城下町のとても重要な場所を選んで、意図的に遷座されています。

ささやかな社殿にひっそりと隠しながら、それでも瀬織津姫の名を葬らずに、瀬織津姫が偉大な力を放つように、絶妙な場所に配置したのです。

この続きは、次回に。
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chikaru414

Author:chikaru414
日本の神話と神社仏閣、それにまつわる歴史が好きです。
スサノオ様、スセリヒメ様はじめ出雲の神様と水神様推し。
定義山西方寺を崇敬。伊達政宗公を尊敬する伊達家家臣末裔です。透明水彩絵師。

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