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2020. 06. 30  
今回で、このシリーズも23回を数えました。
終盤にやっと、スセリヒメの名の意味としてある可能性を、幾つも挙げることが出来ました。

でも、私には、このうちのどれかひとつ、と断言するだけの知識を持ちません。
ここから先のスセリヒメの謎は、このシリーズを今まで読んで下さった方々の想像にお任せしたいと思います。

そして、最後にひとつだけ、スサノオ様の御名前について。

日本書紀は、スサノ/スサノの表記として、『素戔をチョイスしているんですけど、

『素戔という誤字で検索すると、約 46,700 件もヒットするんですよね。

まあ、『嗚』自体が啼き声とか悲しみ泣くという意味ですから、形が似ていてメジャーな『鳴』とごっちゃにするのは判らないでもないのですが、

『鳴』は 呉音 : ミョウ 漢音 : メイ

ですので、音としては オ・ヲ とは程遠いです。

でも、私は日本書紀の著者達は、その誤字のしやすさを狙っていたと思うんですよね。
『嗚』に『啼き声』『泣く』という意味があり、更に『鳴/な-く』という似た字と誤り、ウッカリすると

『スサナキ』と読めてしまうマジック。

読めてしまう、だけです。
実際の呼び名は、通説通りスサノオ・スサノヲ・スサノウ、辺りでいいのです。ただ、そう読めてしまう字を、わざわざ日本書紀の著者達がチョイスした=物語とは別の形で伝えようとした事に意味がある。

イザナギ神は、イザナと清音で読む説もあります。
というか、どちらが正しいのかわかっていません。

それに、清音だろうと濁音だろうと、翁(おきな)の『キ』が男性、嫗(おみな)の『ミ』が女性を表していて、イザナミ神が女神であるように、イザナギという名が男神であることを表しているのは変わりません。
比売(ヒメ)でも毘売(ビメ)でも同じであるようにです。

一応、ここではわかりやすく、お揃いっぽいイザナキ、という清音にしておきましょうか。

《スサナキ》とウッカリ読んでしまいそうなスサノオ様は、確かに《イザナキ》様から海を継承した日真名子である。

…ということを、日本書紀の著者達は、知っていたのだと思います。

これにて、23話に及んだ長い長い藤語りを、終えたいと思います。
此処までお付き合い下さった読者の皆様に、心よりの感謝を。
2020. 06. 29  
※  注:昨日の記事の終わりの方の部分に、修正を加えました
※ スセリヒメの本来の発音の候補は、『朱砂/すさ』『朱/す』『朱・赭/そほ』+『振り/ふり』で、ス(ソ)フリヒメ/カッコ内省略か。


そして、十種神宝で、『ふる』と言えば、ひふみ祝詞の名で知られる、布瑠の言(ふるのこと)です。
布留の言については、wikiを抜粋して引用します。

>「一二三四五六七八九十、布留部 由良由良止 布留部(ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ)」と唱える「ひふみの祓詞」や十種神宝の名前を唱えながらこれらの品々を振り動かせば、死人さえ生き返るほどの呪力を発揮するという。

>「ふるべ」は瑞宝を振り動かすこと。
>「ゆらゆら」は玉の鳴り響く音を表す。


>石上神宮の祭神である布留御魂神は十種神宝のことであるとする説もある。
>石上神宮に伝わる鎮魂法では「ひふみの祓詞」や十種神宝の名前を唱える。
>いずれにしても、(石上神宮には)十種神宝は現存していない。


(引用終了。太字と『石上神宮には』の補注は私)

また、石上神宮には残されていますが、各地の神社に十種神宝のうちの一部と呼ばれるものが散り散りに存在していますが、本当の神宝かは不明です。

石上神宮の祭神も、石上神宮のwikiから引用します。

主祭神
 布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ) - 神体の布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)に宿る神霊。

配神
 布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ) - 十種神宝に宿る神霊。
 布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ) - 天羽々斬剣(あめのはばきりのつるぎ)に宿る神霊。
(以下略)

この祭神名に含まれる、『フツ』、『フル』、『フツシ』については諸説有りですが、スサノオやニギハヤヒの本名だ説は、結構人気である模様です。
尤も私は、『フツ』、『フル』、『フツシ』がモンゴル名というのには、全く同意しませんが。


まず、モンゴル人(騎馬民族)は古代日本に来ていません。
騎馬民族が古代日本の海人と海戦を繰り広げたところで、勝てるわけもありません。
遺伝子的にも日本人とモンゴル人は大きく異なりますし、日本に家畜用の牛馬が輸入されてくるのは5,6世紀辺りです。

つまり、『フツ』、『フル』、『フツシ』には、モンゴルとは全く関係なく、神や神宝に関する何らかの、しかもかなり重大な意味がある、ということです。

『フツ』は剣で断ち切る音であるという説をよく見かけます。
『フツシ』は私はよくわかりませんが、『フル』が特別な名だと言うことはわかります。何しろ、

『布留部 由良由良止 布留部/ふるべ ゆらゆらと ふるべ』とあるように、神宝を振れば死者も蘇るほどの呪力がある、とひふみ祝詞は言っているのです。

それほどに『布留』→『振る/ふる』は特別な動作であり、もし、

出雲の後継者の証として、神宝の比礼を持つ姫の真名が、スサとヒメを取り去った『フリ』だったなら…?

大和朝廷は、十種神宝を持っていたニギハヤヒの出自を誤魔化さねばならず、国史に出雲のスセリヒメの名を残すわけにはいかなかったことでしょう。

(つづく)
2020. 06. 28  
昨日は【本】カテゴリの記事を書いておりましたので、1日開けての《その21》になります。
※ 前回《その20》は、20/06/26 の記事です

というわけで、続きのお話に参りましょう。

スサノオ様の『スサ』は『朱砂のス』で、『ス』は必ず水銀朱とは限らずベンガラを含む『朱・赭/ソホ』。
『ノオ』は素直に古事記通りに『之男』で良いかと思います。
古語では『男』で美称であるようですし。

そして、『スセリヒメ』『スソリヒメ』には、他に見逃している重要な意味は無いだろうか?

少し整理します。
『須世理』が『スヨリ』、『スヨオリ』であるなら、

『赤に宿る女神』、『赤の神霊の依代の巫女』、『赤い布の織女』(巫女か、織物の神かどちらか)、『茜で染めた衣の姫神』、『赤い比礼(ヒレ)の姫神』 と、沢山の案が出ました。

でも、『須勢理』の場合は、『すさり』、『すさあり』と読んで、

『朱砂が在る(クニの)姫』の一例のみ。

これでいいのだろうか?『スヨリヒメ』という、私が思い付いた名前ではなく、定説である『スセリヒメ』に、進むとか性交がうんたらとかじゃなくて、もっと高貴な意味。
出雲の継承者に相応しく。

そこで、ふと思い出したのが、『日本書紀は漢文』であるのに、漢字の意味をガン無視した『酢芹』は怪しいと気付くことが出来た、ということです。

日本書紀本文が、海幸彦の本名に選んだのは、『火闌降/ホスソリ』でした。
何で『闌降』と書いて『スソリ』と読めるんだ?

『闌』は呉音でも漢音でも『ラン』ですし、訓読みでも、『た-ける』(たけなわになる、の意)、『たけなわ』、『てすり』なのに。
あとに訓読みで『お-りる』と読める『降』が来るので、『てすり』+『おりる』で、苦し紛れに『すそり』にしたのでしょうか???

そう読んだ人の意図もその読みが定説なのも、私には全く事の次第がわからないのですが、『降』の字が、気になる
何故なら、『降』は訓読みで

『ふる』、『ふり』と読むからです。

当然に、意味としては、『上から落ちてくる。特に雨、雪、霰などが落ちてくる。』です。
でも、『酢芹/スセリ』をやらかした日本書紀なら、同じ場所で『降/ふる・ふり』と読ませるため《だけ》に使った可能性があります。

思い出して下さい。
スセリヒメは、毒蛇や蜂から大己貴を救うために、『比礼/ひれ』を差し出して、『これを振ってください』と言ったのです。

『降』→『ふる・ふり』→『振る』、ということならば。

スセリヒメ・スソリヒメは、やはり『スセ』『スソ』は『スサ』と同じか、『朱/す』『朱・そほ』を『ス』の一文字に凝縮して、

『ス(サ)フリヒメ』→『赤の比礼を振る姫』、になるのです。

もしそうであるならば、その名は十種神宝のうちの2つ、蛇比礼(おろちのひれ)と蜂比礼(はちのひれ)の所有者に相応しい。

(つづく)
2020. 06. 27  
出雲ファン必読の書です。

と、始めから大文字で主張してみました。
控え目に言って名著なのに、絶版であるらしく、中古でしか手に入らないのが残念です。

発行は2001/12/25で19年も前の本ですので、所々情報の時代遅れ感はありますが、この本の本質である『言語学的な古代史へのアプローチ』という手段は、普遍的に通用するものだと思います。

例えば、農民の文化圏では農業に関する語彙が豊富で、海人の文化圏では漁労や航海に関する語彙が豊富です。

解りやすく言えば、魚を多く食す歴史を持つ日本人が魚の種類や部位について多くの語彙を持っているのに対し、欧米圏の魚をあまり食べない国では、マグロとカツオも区別無く『ツナ』(orそれに近い単語という)という、日本人にとっては有り得ない大雑把。

逆に、日本では、牛のオスメスを区別するには、『牡牛』、『雌牛』と性別を頭にくっつけるだけですが、英語は『Bull』、『cow』と、全然別の動物のように名前が違います。
※ 正確には、『cow』は牛全体もしくは雌牛を差していますが、牡牛という意味は無い

どんな生活をしているか、そしてしてきたかという民族や土地の歴史は、語彙の多さと少なさで判るのです。

時代を経て、日本列島でも生活パターンが均一化される方向に向かい、その豊かな語彙は消えてゆきました。
でも、かろうじて、主にお年を召した方の語彙に、その古語が方言として残されているのです。

本書は言語学者である著者が、昭和30年代後半から30年余にかけて、日本各地の《生活語彙》を採取し続けた結果、日本海側、特に出雲地方に豊富に残されていた語彙から、かつてここに海人達の大きな拠点があった、という考察をしています。
著者が、タイトルに

出雲王権 と海人文化

という副題を付けているほどに、貿易で富を為した海人達の勢力は大きなものであったのだと。

私も、スサノオ様は海の民の出自だ、朝鮮半島から《来た》のではなく、《戻ってくる》倭人であり、そのような海人の貿易は縄文時代に遡ると主張してきましたが、本書を読んで、これほど大きな勢力だとは思わなかったと驚き、また言語学という生きた人間から読み解く歴史という新鮮な切り口は、大変に興味深く共感出来ると思いました。

嗚呼、本当に、復刊して出雲ファンや古代史ファンに読んで欲しい!と切に思います。(数少ないながらも中古&高値で流通していますが)
紙本は売上が読めなくて採算が取れないというのなら、Kindle でもいい!とにかくカモン!!と願っております。
2020. 06. 26  
『スソリヒメ』・『スセリヒメ』・『ススミヒメ』のうち、『ススミヒメ』は除外して考えたいと思います。
ほかがみな『リ』で終わっているので、発音のブレは『スソリ』、『スセリ』で考えるのが妥当と判断します。

『さしすせそ』→『すすすすす』であれば、『ススミ』ではなく『ススリヒメ』のように聞こえたかもしれませんが、意味としては変わりません。

私は、『そる』、『せる』という動詞とその活用形について調べましたが、これというものは見つけられませんでした。
大体、素人の私がすぐにこれだと思うハッキリと分かりやすいものがあるのなら、それは既に学者さんが発見していて、『スセリ』→『勢いに乗って性行が進み高ぶる巫女』などという、無礼な定説がまかり通る現状であるはずがありません。

だから、私はスセリヒメ様を正当な出雲の後継者という、高貴な姫神としての名の意味が当然にあるはずだと、その前提で考えます。

『すすすすす』なら、『スサリヒメ』も有り得ます。
『スサノオ』と見事に対になっていて、更に『スサアリヒメ』のAを二重母音が省略されていると考えれば、

『朱砂が在る(クニの)姫』、という意味です。

夫婦神や兄妹神が、二柱で男神女神の対になって祀られる形は、古くからある信仰形態です。
名前が似ていることも多いです。
例えば、オオヤビコ神とオオヤヒメ神、オキツヒコ神とオキツヒメ神、ハヤアキツヒコ神とハヤアキツヒメ神等々、かなりあります。

父と娘で一対、という例は私は知らないのですが、『スサノオ』も『須勢理』&『須世理』も受け継がれる称号で在るならば、夫婦であったり兄妹であったりした世代も有り得ます。
でも、スサノオ様とスセリヒメ様を対で祀った神社は、多分存在しません。

私は、初代『須勢理毘売』or『須世理比売』は、クシナダヒメ様なのではないかと思っています。

というのは、私は実物を見たことがないのですが、八重垣神社の壁画のメンバーが、スサノオ様、スセリヒメ様、アシナヅチ・テナヅチ夫妻神、……で済んだなら、とても微笑ましいものであるのに。何故かそこに

女神アマテラスとイチキシマヒメがお邪魔虫している、という状況。

私は、女神アマテラスがスサノオ様の姉などと言うのは、1mg も信じていませんから、《誓約》で子を設けたというエピソードからして、女神アマテラスに相当する女神(日本書紀が天照大神という名を異伝としている辺り、本来の名ではないと思う)とその娘とされるイチキシマヒメは、クシナダヒメにとってみれば

愛しのスサノオ様との愛の巣に妾と庶子が入り込んできた、という非常に不愉快な状況です。

当時は一夫多妻が当たり前、だから嫉妬しない、するべきでない、魏志倭人伝でも女は嫉妬しないと書いてある。だから嫉妬深いスセリヒメは悪妻だ、などと笑止千万
そんなん、見栄っ張りの倭人の男からの伝聞だろうよ。

源氏物語を読んでみろ。これが日本の女の普遍性だ。

そしてその壁画、クシナダヒメは初々しい風情ながらも不機嫌そうで、スサノオ様が困っている表情に見える、とのこと。
画像検索すれば、確かにそう見えなくもない…(特にスサノオ様)。私も、早く実物を見て確かめたいです。

嗚呼、南東北からは、あまりにも遠い出雲よ……
でも、必ず行く!子育てが一段落したら、猫を子供にまかせて2週間くらい泊まり込んで神社めぐりをするんだーーー!

…話を戻しましょう。
『スソリヒメ』『スセリヒメ』から、何か重要な意味を、他には読み取れないだろうか?

(つづく)
2020. 06. 25  
では、ホスソリ・ホスソセリ・ホススミ・ホヨオリから、『ホ/火』を取ってみましょう。すると、

スソリ
スセリ
ススミ
ヨオリ


となります。
以前、出雲の高齢の人には、さしすせそが非常に曖昧で、『すすすすす』と聞こえるような発音をする人々がいる、という人がいましたので、

スソリヒメ
スセリヒメ
ススミヒメ


辺りまでなら誤差の範囲だと思います。
スサノオ様と関係のある名だとすると、『す』は『朱砂』の『ス』、或いは『朱・赭/そほ』から来る『ソ』になります。
『ソ』である場合は、元は

ソソリヒメ
ソセリヒメ
ソスミヒメ

ですが、『ソ』でも『ス』でも同じ由来の『赤色』を指しますから、殊更に『ソ』を主張せずに、一文字目は『ス』のまま弄らずに置きます。
その点、

ヨオリヒメ、となると、これはハッキリと異質です。

ヨオリヒメ、或いは、古代は同じ母音が続くと省略する事が多いようなので、実際の発音は 『YOORI/ヨオリ』→『YORI/ヨリ』かもしれません。

ヨオリヒメ・ヨリヒメ となると、私が思い出したのは、宗像三女神のサヨリヒメ(イチキシマヒメの別名)です。
意味としては、『神が依る姫』、『神霊が宿る姫』で、その神・神霊を表しているのが『サ』です。

宗像三女神は、非常に古い時代から祀られていた姫神であるので、神聖視されていた島(今でも女人禁制)そのものの女神か、島には入らないものの、姫神の依代となる巫女、という意味なのでしょう。

私が、以前から思っていたことがありました。
『須勢理毘売』と『須世理比売』は、本当に同じなのだろうか?

また、『スサノオ』・『オオナムチ/オオクニヌシ』・『オオモノヌシ』・『コトシロヌシ』などが、子々孫々受け継がれた名前というよりも称号で、女性ながら末子に生まれ出雲の後継者となった『須勢理毘売』と『須世理比売』も、女王の称号なのではないかと。

出雲国風土記では『和加須世理比売』の表記ですが、和加は、大日孁(オオヒルメ)に対する稚日女(ワカヒルメ)の稚(ワカ)、大年神(オオトシ)の御子神・御年(ミトシ)、更にその御子神の若年(ワカトシ)であるので、

大須世理比売
和加須世理比売


と、世代違いで2人いてもおかしくない呼称です。(大歳→御年→若年のように、オオとワカの間に御須世理比売が入れば3代3人になる)

そして、『須勢理毘売』は『スセリビメ』としか読みようがない(私は清音が好きなので、スセリヒメ様と呼ばせて頂いております)のですが、

『須世理比売』は、『ス』+『ヨリヒメ』で、『スヨリヒメ』、と読めるのです。

火夜織の『ヨオリ』→『ヨリ』は、その暗示だったのではないか?

※ 上代では『夜/yo』は甲類、『世/yo』は乙類だそうで、私にはどの程度似ていてどの程度違うのか、そしてどの程度古代の発音を日本書紀編纂時に残していたのかはわかりませんが

須勢理と須世理は、オオナムチを救うエピソードで2種類出てくるので、物語としては同一人物として登場しますが、『実は2人いたんだよ』とか『別名があるんだよ』という謎かけが、古事記・日本書紀それぞれの方法語られていたのではないかと思うのです。

調べてみましたが、古事記では『夜』は『ヤ』と発音されることが多いイメージですが(ヤクモ・ヤエグモ・ヤエガキ他)、万葉仮名的に、夜と書いて『ヨ』と読むのはアリです。

『須世理比売』をスヨリヒメと読むのであれば、『赤に宿る女神』または『赤の神霊の依代の巫女』という意味になります。

『スヨオリ』の『織』にこだわるのなら、『赤い布の織女』(巫女か、織物の神かどちらか)で『茜で染めた衣の姫』 『赤い比礼(ヒレ)の姫』という古事記のエピソードと絡んだ名称です。

では、須勢理毘売と思われる『スソリヒメ』・『スセリヒメ』・『ススミヒメ』は?

(つづく)
2020. 06. 24  
スセリヒメが、確実に2枚の比礼は持っていたという、十種神宝(とくさのかんだから)とは、何か。
手っ取り早くwikiを引用しますが、

>『先代旧事本紀』「天孫本紀」(巻3)に天璽瑞宝十種(あまつしるし-みずたから-とくさ)として登場する10種類の宝物。
>記述によると饒速日命(にぎはやひのみこと)が天降りする際に、天神御祖(あまつかみみおや)から授けられたとする。

>分類すれば、鏡2種、剣1種、玉4種、比礼(女性が首に結ばずに掛け、左右から同じ長さで前に垂らすスカーフ様のもの)3種となる。
>これを三種の神器に対応させて、鏡は八咫鏡、剣と比礼は草薙剣、玉は八尺瓊勾玉であるとする説もある。

>十種神宝の内容は以下の通りである。

・沖津鏡(おきつかがみ)
・辺津鏡(へつかがみ)
・八握剣(やつかのつるぎ)
・生玉(いくたま)
・死返玉(まかるかへしのたま)
・足玉(たるたま)
・道返玉(ちかへしのたま)
・蛇比礼(おろちのひれ)…大国主の神話に出てくる比礼との関係が注目される。
・蜂比礼(はちのひれ)…大国主の神話に出てくる比礼との関係が注目される。

・品物之比礼(くさぐさのもののひれ)

(引用終了。2番目の文及び比礼の部分の太文字のみ私)

古事記にのみ出て来る、愛娘・スセリヒメを突然現れた若造(オオナムチ)に簡単にくれてやりたくないパパ・スサノオが、試練と言うよりも、オオナムチを殺す気満々なんじゃないか的な無理難題をふっかける訳ですが、良妻にして賢妻のスセリヒメは、毒蛇や蜂を遠ざける不思議な比礼(ひれ)というものをコッソリと与えて、これを振りなさいとアドバイスするわけです。

この不思議な比礼を振れば、毒蛇も毒虫も近寄ってこられないから、と。

ニギハヤヒは、天津神ということにされていますが、嘘っぱちでしょう。
地祇ではなく先に天降っていた天津神が治めている国ならば、そのまま治めさせていれば何も問題は無いはずです。

でも、十種神宝がニギハヤヒのものであった、という記述は信頼に値すると思います。
神武帝もしくはその後の大和朝廷は、その神宝が欲しかった。自分のものじゃないから自分の神宝としたかった。

でも、スサノオの娘にして末子・スセリヒメが2つの比礼を持っていいたのですから、十種神宝はスサノオから受け継いだ出雲の神宝です。
ニギハヤヒはスサノオの息子説がありますが、少なくともスサノオの系譜ではあるのでしょう。そうでないというならば、ニギハヤヒは出雲から奪わなければ十種神宝を手にすることは出来ないのですから。

スサノオは高天原を追い出されてもアマテラスの弟という設定にしてしまったので、スサノオは系統としては天津神でありながらも地祇と共に生きることを選んだ神であり、その息子か子孫であるニギハヤヒは、天津神の血を引いたとしても地祇です。

そして、ニギハヤヒの立場は、出雲を継承した女王に匹敵するスセリヒメを娶り、婿入りして王になったオオナムチとよく似ています。
どうして、ヤマトの地の王がナガスネヒコではなく、妹のトミヤビメを娶ったニギハヤヒであったのか。

それは、当時のヤマトでも末子相続であり、継承者はミカシキヤヒメ(トミヤビメ)であったので、入り婿のニギハヤヒが王となったのです。

ニギハヤヒの義兄であるナガスネヒコが国を譲らないので性格が悪いとか、訳の分からない理由で殺されていますが、ニギハヤヒがそんな事をしたとは思えません。
ナガスネヒコは、神武が侵略者だったから当然に戦ったまでです。

※ 先代旧事本紀では、殺したのはニギハヤヒの息子・ウマシマジとされています(2度目に神武が攻めてきたとき、ニギハヤヒは故人)。本当であるなら、卑怯な裏切り者以外の何ものでもないと私は思うのですが、ウマシマジのナガスネヒコ殺しは、神武帝に対する忠誠の証であり誉れであるとされています。本当どこまでも傲慢で理不尽だな天孫族

つまり、スセリヒメはニギハヤヒと同格の大物であり、大物だからこそ案外出雲寄りの所がある古事記はスセリヒメとオオナムチの出雲神話を書き残し、国史・日本書紀はスセリヒメを一切登場させることなく葬り去ったのです。

しかし、同時に日本書紀の著者達は、別の方法でスセリヒメが何者であるのかヒントを残すという形をとったのだと思います。
敗北した海人族の象徴・海幸彦の名として。

そのヒントが、ホスセリ・ホスソリ・ホススミ・ホヨオリという4つの名です。

(つづく)
2020. 06. 23  
海人達の海の文化代表・出雲ですが、弥生時代の(言っても範囲が広いのでどの辺なのだろう…ソースが30年前の本なので、弥生は遡っても紀元前3,4世紀かもしれない)出雲の宍道湖(しんじこ)周辺の堆積土には、スギの花粉が多く、イネ科植物の花粉が少ない。
出雲平野は杉林で覆われていて、水田は少なかった、という島根大学汽水域研究センターの分析結果があります。

※ ソース:『アユノカゼの文化史』室山敏明 著(2001年) に一部引用されている、『出雲の銅鐸─発見から解読へ』佐原真・春成秀爾 著(1991年)162ページ

出雲勢力の発展と拡大は、海の民による海路の広範囲に及ぶ交易によるものがメインであり、地元の田畑ではなかった、ということです。

私は、『舟に乗せて流された』ヒルコ=『海の支配を命じられたが放逐された』スサノオ説を採っていますが、その両親イザナギ・イザナミ夫妻神は淡路の海人達の神です。

淡路の海人は太陽信仰を持っており、そして記紀では泣いてばかりのどうしようもない奴、世界を干上がらせた荒ぶる者、残忍、悪神、と散々に貶められながらも、かろうじて古事記でイザナギが海という支配領域を継がせようとしたスサノオこそが、出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)いうところの『イザナギの日真名子』(イザナギの日の愛し子)であり、はじまりの太陽神である、という主張です。

※ 詳細は、2020/03/07 から始まる『スサノオがイザナギの日真名子かもしれない話』シリーズをどうぞ

だから、スサノオはその後に農耕神の性格を見せるようになりますが、そもそも出雲は貿易と漁業が強みであり、富の源泉であり、そこには有能な船大工や水運(海だけではなく川でも海の民は活躍している)に携わる大勢のの海人達によって広大な勢力を誇っていたのですから、スサノオ神は日神と海神を兼ねた存在であったはずです。
スサノオの農耕神の性格は、稲作が可能な土地が増えてきてから新たに加えられた神性だと思います。

そして、末子相続・出雲にあって、正当な継承者であったスセリヒメが、本来は偉大なる姫神であったことは確かです。
何故なら、

スセリヒメは、十種神宝の、少なくとも一部を継承しているからです。

このエピソードは、何だかんだと出雲神話の記述に熱心な古事記に見られるのですが、覚えておいででしょうか?
オオナムチは、スセリヒメの持つ《比礼/ヒレ》という神宝で、2度も命を救われているのです。

(つづく)
2020. 06. 22  
お待たせしました。
久々の、『スセリヒメ様とスサノオ様の名の意味を解いてみる。』シリーズです。

~日が開いてしまったのでご案内~

※ 前回の《その15》は、20/06/13 の記事になります。
※ また、20/06/18~21 には、解いてみるシリーズの番外編として、『赤の王スサノオの愛娘・茜色のスセリヒメ』シリーズの、その1~その4 があります。
※ 《その15》の後に、上記の番外編を読んで頂いた方が、話が通りやすいと思います。


さて、日本書紀では、山幸彦こと彦火火出見(ヒコホホデミ)の別名が、一貫して『火折/ホオリ』で揺らがない(古事記でも火遠理/ホオリ)のに対して、兄・海幸彦の名は4種類にもブレている、という不思議で不審な謎を発見しました。
もう一度挙げますが、

1.火闌降/ホスソリ(本文なので、紀としてはこの名が正しいであろうと判断している)
2.火酢芹/ホスセリ(異伝)
3.火進/ホススミ(異伝)
4.火夜織/ホヨオリ(異伝)

古事記中で読みが一致する名前は『ホスセリ/火須勢理』。

私が、サクヤヒメの火中出産の子に興味を持ったのは、出雲の謎の姫神・スセリヒメと同じ『すせり』=スサノオの『荒ぶ/すさぶ』と同源で『勢いのままに進む』という、無理矢理感のあるこじつけっぽい通説の謎の音を含む名があるからです。

でも、私はスサノオのスサは、出雲の縄文時代からの特殊な文化・水銀朱やベンガラの赤を意味すると思っているので、『すさ』と『すせり』が同源だとすると、すせりの『すせ』、或いは『す』もまた、『赤』を示しており、古事記のヤチホコの歌ではスセリヒメが《茜色の衣》に例えられた、と読んでいます。

古事記では、負け組の海幸彦となるのは、3兄弟の長男・火照(ホデリ)で、次男・火須勢理は名前しか出て来ない空気です。

スセリヒメの須勢理と同じなのにー!意味を説くヒントになると思ったのにー!!…と思っても、生まれたその後のエピソードがゼロでは、何のヒントもありやしません。

でも、日本書紀には、長男または次男として生まれてくる、『火酢芹/ホスセリ』が、異伝とはいえ存在し、しかもその名前の音に4種類の文字と音のバリエーションがある。
加えて、日本書紀のホスセリは空気ではなく、敗者・海幸彦とされています。

果たして、山幸彦・ヒコホデミミに服従することになる兄・海幸彦は、古事記のホデリなのか?日本書紀のホスソリやホスセリその他の誰かなのか?

古事記ではホデリ、日本書紀ではホスソリ他が隼人の祖という記述になっていますが、その後わざわざ海の幸に恵まれた者と山の幸に恵まれた者という対比があり、古事記がそれを海幸彦・山幸彦という別名を出してくるのには、皇統が隼人を服従させたということ以外にも、裏の意味がある

因みに、私はここの記述は、古事記よりも日本書紀の方が誠実だと思っています。

海幸彦はホデリではなく、ホスソリ(ホスセリ他)です。

歴史として、非常にわかりやすい構図だからです。
海幸彦VS山幸彦 の対立と勝敗は、『海の文化』(出雲・淡路など)VS『陸の文化』大和 の象徴であると思うのです。

山幸彦は山の幸に恵まれた者であることに満足をせず、欲を出して兄の海幸彦に釣り針を貸してくれとしつこく要求し、しかも兄が心底大切にしていた釣り針を無くすというバカをやらかしたのに、不思議な導きを得て海の竜宮に至り、天孫の子だからと厚遇され真面目に働くこともなく、海の姫・トヨタマヒメという美人妻と3年ウハウハと幸せに暮らし、美人妻の親神・ワダツミから陸に帰って兄に勝つ方法を授かり、何の罪もない被害者・海幸彦をやっつけて、服従を誓わせるという、

コレ何て理不尽なストーリー?

《国譲り》と言われる侵略も、女神アマテラスの血統なら何をしてもいいという傲慢が、既に海幸彦VS山幸彦ストーリーにも登場しているのです。

大和朝廷が、日本列島を東へ、そして北へと侵略を進めていったのは、同じ理屈です。
かつて、東北地方以北には、大和朝廷とは全く違うクニが存在しました。日本列島は、決してひとつの国ではなかったのです。

日本書紀によると、出雲を陥落させてもなお従わなかったという星の神・天津甕星(アマツミカボシ)を討伐するまで戦いが続いたように、大和朝廷と、そして従う者たちにとって、東北地方を服従させることは、彼らにとって正義であったのです。

(つづく)
2020. 06. 21  
茜が、多年草だったとは。

学者さんの中には、『あたね』が茜か藍か、という論考を放棄して、「当時“あたね”と呼ばれた染料か、或いは“あ種”と呼ばれる何かの種があったのだろう」と不詳のままスルーしている人もいます。

でも!私は!スセリヒメ様の《赤》を諦めない!!

…そうして、茜の染め物を調べまくって、見つけました。

茜の種を蒔いて、茜を意図的に増やして染め物をしているという人を。

何故、種を蒔いて増やしているのか?
理由は単純で、染料にするにはかなり沢山の茜の根が必要なので、自分の手で増やすことにしたのだそうです。

藍の織物が貴重品であったのも、染料の材料となる蓼藍が大量に必要であったから、という理由が一番なのでは?と推察します。

例えば現在、紅花から採取される赤が最高級品であるのと同じことです。
こちらのサイト様からの引用になりますが、

>日本に3世紀ごろまでに伝わったという紅花は、その色素の99%が黄色です。
>黄色は水に溶けやすいので、洗い流してたった1%の赤を取り出すところから、紅づくりは始まるのです。

※ 3世紀頃という時期は興味深いですが、『あたね』ではなさそうなので、今回は書き残すに留めます

かなり昔、TVで紅花の染色を特集した番組を見たのですが、他国で紅花を使った染色をする文化があるところでも、それは黄色の染め物であり、紅花で《赤》の染色をする文化を残しているのは日本のみ、であるとのことでした。
嗚呼、伝統分野でも技術大国・日本よ!

《赤》は長い間、日本がこだわり続けた特別な色であったからこそ、女の子の晴れ着(七五三はお祝いですが厄払い)に使われたり、神社の鳥居に使われたりしたのかもしれません。

紅花ほど手強くはありませんが、茜の赤もかなりの量の《茜の根》が必要です。

そう。
茜は、宿根草なのに、その根っこを掘り返して染料にするのです。

幸いにして、茜は種を付けます。
根を染料にするからこそ、茜染めの染料を安定して確保しようと思ったら、茜の種を蒔いて増やしていたと考えても、全くおかしくありません。

木材と同じことです。
世界中の古い文明は、木を伐採しまくって、その土地を不毛の地にしてしまいました。

でも、日本人は、木を伐採したなら、木を植え続けたのです。
スサノオ様の御子神たちが、スサノオ様から授かった木の実を、あちこちに植えて回ったという神話が物語るように。
そして、多湿の日本では、新しく植えられた木も良く育ち、日本は不毛の地とは程遠く、緑豊かな森林の国であり続けました。

きっと、茜もそうです。
根をどんどん掘るばかりなら、どんどん減っていったことでしょう。
やはり、古代の人々は木を切ったならば新たに植えたように、茜を掘ったならば茜の種を蒔いていたのだと私は思うのです。

茜の種を蒔き育て、その根を集めて臼でつき、染めた衣は鮮やかな朱赤です。
『朱砂/スサ』『朱・赭/ソホ』と同じように。

だから、きっと。

《赤の王》スサノオの愛娘・スセリヒメは、茜の衣の《赤の姫》であるのが相応しい。

明日からまた、『スセリヒメ様とスサノオ様の名の意味を解いてみる。』シリーズに戻り、《その16》としたいと思います。
プロフィール

chikaru414

Author:chikaru414
日本の神話と神社仏閣、それにまつわる歴史が好きです。
スサノオ様、スセリヒメ様はじめ出雲の神様と水神様推し。
定義山西方寺を崇敬。伊達政宗公を尊敬する伊達家家臣末裔です。透明水彩絵師。

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