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2020. 01. 25  
昨日の続きです。

気を取り直して、ウィキペディアで挙げられていた本がどんな本なのか調べてみると、訓み下し文・原文・注釈・現代語訳が全て載っている便利本で、amazonのレビューも軒並み高レビューなのですが、著者の個人的な新解釈も含まれる本であるようです。

wikiのソースとなった、本家・古事記にはない《弟》解釈も、この本の著者の解釈なのでしょう。
或いは、どうやら誠実な記述の本であるらしいこの本にそう書かれる程度に、著者には更にソースがあるのかもしれない、とも思いました。
何故なら、あまりにもコトシロヌシが兄、タケミナカタは弟、としているサイトが多いからです。

尤も、デマでもあっという間に広がるのがネット情報というもの。

デマとは知らずに、それが正しいのだと思って、自分の知識の中に取り込んでしまっている人が何人もいる可能性も大なのですが。

怖い…怖いよウィキペディア。私もまた振り回されないように、気を付けなきゃです。

因みに、動揺しまくる程度に、私のタケミナカタに関する認識は、以下のようなものでした。

その1.私が文脈的に、建御名方が兄・事代主が弟(末っ子)、だと思っていた。

大国主は、自分には国を明け渡すか否か、決定権を持っていないので(出雲の正当な継承者はスセリヒメで、婿の大国主は王ではあっても勝手に国の存亡に答えることは出来ない。決定権を持つのはスセリヒメか、大国主の末子。出雲は末子相続)「息子に訊いてくれ」と言うしか無かった。
使者が始めに意思確認に向かったのは事代主なので、事代主が継承者=末っ子=タケミナカタは兄、と考えるのが自然です。
タケミナカタは末子ではないので、反撃しようとしまいと、結果的に出雲が敗北した以上、タケミナカタのエピソードは歴史的にはどうでもいいので、天皇家の正当性を対外的に示す事を目的とした本格的史書・日本書紀にタケミナカタは登場しない。


その2.タケミナカタは出雲にいなかった(兄パターン)

末子が相続者なので、スサノオの子も、スセリヒメよりも先に生まれたきょうだいたちは、あちこちに出掛けていった先の土地を統べるのが役目でした。
タケミナカタもまた、越や諏訪の辺りに国を広げるべく赴いて、諏訪の有力な豪族となっていたので、出雲を落とした所で天津系の支配はそちらまで届かなかった。
当然に、タケミナカタの出雲での敗戦や逃走、命乞いの事実も存在しない。
でも、古事記は物語形式の書なので、天孫サイドの敵・タケミナカタをやっつける物語で盛り上げたく、タケミナカタの敗北と惨めな降参エピソードを創作。

古事記は、(日本書紀ではツクヨミの所業のはずの)オオゲツヒメを殺したのはスサノオと伝えたり、スセリヒメのこともヤガミヒメが逃げ出したり大国主が家出未遂をするほどの、手の付けられない嫉妬深い嫌な女として記しています。
古事記は、徹底した高天原上げで、出雲の神は貶める書き方をしている書物です。

一方で、日本書紀は貶めるのではなく《書き残さない》方法を取ることが多いようです。
だから、日本書紀編者は《出雲の侵略には関わらなかった》そして当時の高天原勢の手に届かなかった高志・諏訪地方で権力を持っていたタケノミカタの存在をスルーした。


その3.タケミナカタは出雲にいなかった(そして大国主の息子でもなかったパターン)

タケミナカタは、出雲王族とは関係なく、元々諏訪周辺に独自の勢力を持ち、優れた統治者・武勇の王として名高かった。
というか、諏訪の辺りでは、タケミナカタの方が侵略者であると言う伝承があるのです。
一方で、出雲近辺には、タケミナカタを祀る神社が全く無い。
だから、タケミナカタは出雲とは全く関係のない豪族だったのではないか。
そして、古事記は民間には伝わっておらず、タケミナカタの武勇伝は有名で、のちには全国規模で武将達の厚い信仰を集めることになった。
当然に、国譲り侵略当時には勢力範囲外であった地域のことは、大和朝廷の為の日本書紀に記す必要は全く無いのでスルー。

この論に弱点があるとするなら、出雲近辺にタケミナカタを祀っていないのは、古事記的には当たり前すぎる、ということです。
何故なら、タケミナカタは命乞いの条件に、以下の2つの条件を出しているからです。

1.コトシロヌシとオオクニヌシの決定(国の統治下ら手を引く)には逆らわない
2.二度と諏訪の国から出ないと約束する=出雲に戻ることはしない

だから、日本各地に勧請して諏訪神社が広がったのは後世の人々の勝手ですが、出雲近辺の人々だけは、タケミナカタを祀りその御霊を出雲に戻すことはしてはならなかった。
……という、古代の約束が守られた、という線も考え得るという事です。


その4.実はウィキペディアが上げた一書のとおり、タケミナカタが末子で、出雲の継承者だったパターン

古事記は、同じく継承者であったスセリヒメを貶めたように、タケミナカタを惨めな敗北者として描きましたが、日本書紀はタケミナカタ(実際には、タケミナカタ率いる勢力だったと思う)を、ねじ伏せて国を手に入れたという野蛮をやらかしたという事実を隠蔽したかった。
あくまでも、元から正当な国の支配者はアマテラスから続く天孫の血筋であるという正論を説くという話し合いで、平和裡に国を献上された、という流れにしたいのが日本書紀の意図だった。

…という4パターンを書いてみましたが、実は私は1~3の可能性を考えていました。
4のパターンは、実はこの文章を書いている最中に、思い付いたものです。

というのは、今はどうも人気的に古事記>日本書紀、というよりも、古事記>>>>>日本書紀のようですけれども、私は古事記よりも日本書紀の方が誠実な書物なのではないかと思っています。

日本書紀はスセリヒメの存在自体をスルーしたけどな(怒)

でも、これが日本書紀のやり方なんですよね。都合の悪いことや、単に本筋に影響を与えないことは、捏造よりもスルー・無視を優先する傾向がある。
※ オオナムチがスサノオ様とクシナダヒメ様の間に産まれたとかいうのは捏造だと思うがな!

その一方で、本文の他に、異伝を幾つも書き残してくれているのが、日本書紀の特徴なのです。
編集された時代には、遙か昔の神代については、既に様々な言い伝えに分岐していたのでしょう。それを記載し後世に残そうという態度は、古事記よりも公平です。

と、色々調べているうちに、新たな疑問が浮上したのでした。
次回からは、【神様】カテゴリに移りまして、『事代主と建御名方の母神は誰?』シリーズの連載を始めます!

(つづく)
2020. 01. 24  
今日の記事は、タイトル通りの案件でして、私は事代主と建御名方に関するウィキペディアの記載、及びその謎の解明にずいぶん振り回されたものですから、日本の古代神話や古代史に興味を持っている方々に、注意喚起をしようと思った次第です。

…いや、神話と古代史に限ったことではないんですけどね、

ウィキペディアはそれなりに疑いながら読んだ方がいいです。

というのは、ウィキペディアには、『情報の偏り』や『荒らし』、『編集合戦』なるものがあるからです。

ウィキペディアは、その分野に詳しい人が、基本的には善意でその専門知識を公開してくれる、

インターネット百科事典です。

誰でも自由に、匿名で編集参加できます。
だから、上記のような問題が発生する訳です。

最近、私が調べていて、あぁこれは政治的な意図で編集されてるなーと思ったキーワードは、

『アイヌ』

先住民族だと、キッパリ断言されちゃってるんですよね。
まあ、そんな法律も通っちゃいましたし。

でも、『アイヌは先住民族ではない派』も結構いるんです。
何故なら、アイヌが縄文人の日本人固有の遺伝子を多く引き継ぐも、

1.アイヌが縄文人の優れた土器文化・漆文化を全く継承していない。(縄文人が、未開の地の遅れた文化の人々という、私が子供の頃、学校で植え付けられた観念がまず間違いで、驚くほど高い文化を持っていた)
2.日本人もアイヌも縄文人をルーツにしているのなら、言語の系統も同じはずなのに、日本語とアイヌ語の系統が異なる

という問題があるからです。(他にもあるのかも知れませんが、私は門外漢なのでこれ以上はわかりかねます)

また、アイヌ語を母語として使える人達は、もう80歳を超えていて絶滅危惧種であるのに、法律上アイヌを名乗ることが許されるのは、《アイヌ協会に申請した人》
つまり、誰でも申し出ればアイヌと名乗り法律の保護・優遇対象になる事が出来るという、

非常にわかりやすい金と利権が絡んだ胡散臭さがあります。

なので、アイヌは先住民族だ!いや12~13世紀に元王朝から逃げてきた上に、先に到来していたオホーツク人を滅ぼして日本に居着いた侵略民族だ!という、双方唾を飛ばしている状態でして、傍から見ていて私もどちらの言い分が正しいのかわからないのです。

でも、ウィキペディアの『アイヌ』は両論併記ではなく、現在は先住民族という前提で編集されているので、先住民族だ派が書き込んだ偏った情報しか得られません。

……という例を挙げておいて、タイトルの日本神話と古代史について。

私が振り回されたというのは、出雲の『国譲りという侵略戦争』(古事記にも日本書紀にも、『国譲り』なる単語は存在しない)の後の交渉で、大国主は『自分では決められないから息子に訊いてくれ』と言います。

その息子というのが、『事代主神』(コトシロヌシ)と『建御名方神』(タケミナカタ)。
注:ただしタケミナカタは、古事記には出てくるのに日本書紀には記述がありません。

…で。
かなり多くのサイトで、『タケミナカタはコトシロヌシの弟』と、当たり前の如くにサラッと書かれていまして、私は、

えっ?タケミナカタが、コトシロヌシの弟???
そうだったの!?私、初耳なんだけど!!
何で、みんな当たり前な感じにブログに書いてんの!?
常識?それって日本神話ファンなら常識???


と焦りまくり、古事記の書き下し文や現代語訳文を見直して、タケミナカタの記載のない日本書紀の本文から異伝までさらった訳です。でも、

……どこにも、兄とか弟とか、書いてない?

敢えて言うなら、大国主神の神裔のところで、Aを妻として生んだ子はB、みたいな感じで、事代主は割と先の方に出て来ます
この辺りの文章は、大国主は複数人妻を設けて複数人子を設けた系図を、文章にして列記してあるんですけど、

この順番に妻にしたとか、この順番で産まれたとか、そういう具体的な説明は何もありません。

それどころか、この古事記の神裔の記述の中には、そもそもタケミナカタの名前が、無い!のです
ただでさえ、日本書紀からスルーされているタケミナカタなのに、ここからも消し去られている。
タケミナカタの名が無いのだから、当然産んだはずの母神の名も無い。つまり、

タケミナカタは、国譲り侵略の話になって、コトシロヌシも『隠れて』しまった後に、突然現れるのです。

これでは、どっちが兄も弟もありません。

もしかして…と、ウィキペディアを見てみると、やはりタケミナカタはコトシロヌシの弟、ということになっていました。。
こんな重要情報、どうして出雲の神様推しの私が見落としていたんだろう?

でも、ふと見れば、注釈の番号が付いてる。つまり、ソースが記載されてるって事だ!ページをスクロールして下の方を見てみると、ソースは

『新編日本古典文学全集 1 古事記』小学館、2004年(ジャパンナレッジ版)、p. 107-111。

il||li _| ̄|○ il||li

やられた……と打ちひしがれたい心地がしましたよね。
ウィキペディアでタケミナカタ弟説を載せた人のソースが、こんな新しい時代の一冊の本だったとは…(遠い目)

古書やら神社伝承やらではなかったとは!

ウィキペディアは、確かに善意の専門家や専門家顔負けのマニアが、詳細な情報を伝えてくれる、専門知識の宝庫です。
でも、宝の中に石やらクズ鉄やら、混じっている可能性を忘れずに利用しましょう……

気を取り直して、続きはまた明日。
こうなったらもう、謎の多いタケミナカタとコトシロヌシの出自を、徹底的に洗ってみようじゃないか!
2019. 11. 26  
魏志倭人伝、といえば邪馬台国と卑弥呼。
今日はこちら(詳しい考察をなさっておいでです)から一部の原文と日本語訳を引用させて頂きました。

~原文~
其國本亦以男子為王 住七八十年 倭國亂相攻伐歴年 乃共立一女子為王 名日卑弥呼 事鬼道能惑衆 年已長大 無夫婿 有男弟 佐治國 自為王以来少有見者 以婢千人自侍 唯有男子一人 給飲食傳辭出入居處 宮室樓觀城柵嚴設 常有人持兵守衛

~書き下し文~
「その国、本は亦、男子を以って王と為す。住むこと七、八十年。倭国は乱れ、相攻伐すること歴年、乃ち一女子を共立して王と為す。名は卑弥呼と曰う。鬼道に事え能く衆を惑わす。年すでに長大。夫婿なく、男弟ありて、佐(たす)けて国を治める。王と為りてより以来、見有る者少なし。婢千人を以(もち)い、おのずから侍る。ただ、男子一人有りて、飲食を給し、辞を伝え、居所に出入りす。宮室、楼観、城柵が厳設され、常に人有りて兵を持ち守衛す。」

~私なりのざっくり訳~
『その国は、元は男の王だったけど、7、80年前に分裂して長い戦争状態が続いた末に、ひとりの女性を共通の王としてまとまることにした。女王の名は卑弥呼。卑弥呼は呪術を使って国民を操った。既におばあちゃんなお年頃。独身だが弟がいて、政治を補佐した。王となってから、彼女を見た者は少なく、婢千人をその身辺に侍らせ、ただ一人の男子が食事を届け、女王の言葉を伝えるのに居処に出入りした。宮殿の卑弥呼の居室・物見櫓・城柵が厳重に設けられ、つねに兵士が守衛していた。』(おしまい)

えぇと、所々太文字にしたの、気付きましたでしょうか?
卑弥呼には弟がいて、政治の補佐をしていたとのことですが、卑弥呼は『お告げをする』のが役割であって、その姿を人前に現すことはないという事は、実際に政治をしていたのは、『男弟』です。

……おかしい、よね?
下女が千人も居るのに、卑弥呼に食事を届けるのは、男子ひとりだけ。
この男子は、卑弥呼の言葉を伝える為に卑弥呼の居場所に出入りしていた、ということから、その唯一の男子は『男弟』に特定されます。
そして、(多分卑弥呼に誰も近付けないように)周囲は厳重に守護させていた。

……おかしい、よね?

っていうか、ズバリ言おうか。

これ…卑弥呼死んでるよね?

だって、相当ばあさんだっていうのに、千人も居る下女に世話をさせることもなく、実際の卑弥呼を知るのは男弟のみ。

長く内乱が続いた末に、わざわざ男ではなく女の王を立てた、ということは、巫女の力に頼ったということで、だから弟は王になれないんです。
なりたくても、なれないんですよコレ。

おい…男弟。

お前のねーちゃんもっと前に死んでただろ。
2019. 11. 25  
天孫族が、出雲に攻め入ったのは、古事記によると、高天原に住む天照大御神が「葦原中国は私の子、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみ)が治めるべき国である」と言ったことに端を発していて、要するに私には意味不明です。

だって、葦原中国を栄えさせたのは、スサノオ様からオオクニヌシに引き継がれた、出雲一族じゃないですか。何でアマテラスの子のものという発想に?
父・イザナギに、お前は天を治めなさいと言われたんだから、おとなしく高天原を治めていればいいのに、地上まで欲しいってジャイアンか。

とにかく、現在残されている神話は天皇家の正当性を暗に語りたい訳ですから、歴史的にはどうして神武帝に繋がる一族が、出雲王朝に攻め入ったのか?
単に露骨に勢力範囲を広げたかったのか、或いは大国主の覇権を引き継ぐ《大義名分》があって攻め入ったのか?

よく出て来るのが、出雲大社に大国主の妻神として、スセリヒメよりも堂々と祀られている(スセリヒメはすぐそばにほかの姫神も祀られている)タギリヒメが、《大国主の末子》=事代主を産んでいたから、というものですね。

でも、この話ってどっから来たんだろう?コトシロヌシの母って、神屋楯比売命(『古事記』)か、高津姫神(『先代旧事本紀』)なんですけど。
後者のタカツヒメ(?)なら、タギツヒメの別名であるらしいんですけど。タギリヒメ(別名タゴリヒメ)じゃない……
その辺すっ飛ばしますが、その末子とされるコトシロヌシって、本当に天孫サイドなのか?っていうのが、疑問なんです。

神話では、《国譲り》を迫られたオオクニヌシは、自分には決められないから息子に聞いてくれ、と答えます。
そりゃ、神話の中ではオオクニヌシはひとりしかいない=スセリヒメの婿です。
王はオオクニヌシでも、出雲の正当な継承者はスセリヒメであって、婿の一存ではいわかりましたと言える訳がない。出雲はスセリヒメもしくは、次の《出雲の末子》のものなんですから。

そして、オオクニヌシ言うところの息子というのが、コトシロヌシです。
なんと、神武帝の皇后・媛蹈韛五十鈴媛命の父、ということになっています。
この辺りから、天孫サイドに産まれた、オオクニヌシの末子、という説が出てくるのでしょう。

でも…
ちょっと、待って?

コトシロヌシは、国譲りを迫られて、
「承知した」と答え、船を踏み傾け、天ノ逆手を打って青柴垣に変えて、その中に隠れてしまった。この天ノ逆手は一般に手を逆さに打つことだと考えられている。(wikiより引用)

天の逆手(あまのさかて)って、よく知られているのが、死人がやるって言う、掌じゃなくて手の甲で拍手するやつです。
指先が下説もあるし、古事記では後ろ手に手を打つパターンもあるそうです。
かなり不吉です。

反対の説としては、
栄手(さかて)で、栄えあれと繁栄を祈るというもの。めでたい時に打つ手打ち(手締め) を意味するという解釈です。(一本締めとか三本締めとか)

でも、後者の説を此処で取るのは苦しい。
神仏に関して、逆の動作をするっていうのは、呪いなんですよ……

しかも、コトシロヌシは《隠れてしまった》。

これ…絶対、死んでるでしょ…
亡くなることを、お隠れになるって言うアレでしょ…
文面からだと海に入水自殺だけど、自殺でも他殺でも、とにかくコレ死んでる。
逆手を打って呪って死んだんだよ…((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

そして、「大国主」が名前ではなく称号であるように、「事代主」もそうなのだと思います。
宣託の神。
人間の場合は、シャーマンの要素があったり、祭祀に関わる者の称号もしくは役職名なのでしょう。

一番はじめに国を譲れと脅迫(多分)されたことから、このエピソードのコトシロヌシが末子だというのなら、出雲王朝サイドの末子(古事記での母神は、素性の知れない謎の女神なので、天津神系ではないんじゃないか)の可能性が高いです。

大国主の出雲での息子はもうひとりいて、建御名方神(タケミナカタ)といい、実在の人物であったなら武将であり、出雲を渡すまいと戦争になるも敗走し、現在は諏訪大社に祀られています。
有名な神社の有名な神様なのに、日本書紀にその名はありません。コトシロヌシが承諾し、『隠れて』終わりです。

日本書紀の記述は、《国譲り》に関してはアッサリとしています。
でも、古事記のコトシロヌシは、おとなしく『承諾した』けれども、逆手を打って、呪って隠れた……

媛蹈韛五十鈴媛命の父・コトシロヌシは、出雲のコトシロヌシとは別人。

出雲の正統な継承者・コトシロヌシは、

呪って死んだのではないですか…?
プロフィール

chikaru414

Author:chikaru414
日本の神話と神社仏閣、それにまつわる歴史が好きです。
スサノオ様、スセリヒメ様はじめ出雲の神様と水神様推し。
定義山西方寺を崇敬。伊達政宗公を尊敬する伊達家家臣末裔です。透明水彩絵師。

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