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2020. 02. 23  
一応、ミカシキヤヒメの子としてはウマジマジ(神武に逆らうナガスネヒコを殺して寝返った)の名が知られますが、記紀ではなく、中田憲信「物部大連(穂積宿禰)」『諸系譜』第三十三冊に寄るもののようです。(wiki)

つまり、そういう系図に連なりたいと思う人がいたくらい、自分の伯父を裏切り殺すような卑怯な男(ウマシマジ)でも、神武サイドに付けば正義で名誉という、

私には理解出来ない世界。

それは脇に置き、大年神には何人かの妻神の名があり、やはり重要な御子神の名が見えるのです。

ならば…

天知迦流美豆比売とは、クシタマヒメとも呼ばれるミカシキヤヒメ/トミヤビメの美称ではないか。
…と、思うのです。

今まで、色々と天知迦流美豆比売のお名前を解読して来ましたが、9パターンの解釈が出ました。
ミカシキヤヒメ/トミヤビメであるとすると、『迦流』→『かる』→『軽』という大和の市が栄えた地名を含む、

5.天を領有する軽(大和)の水の女神 (あめ- しる-かる-みず-ひめ。7に『あめしる(や)』という枕詞が出てくることを考慮すると、『あま』よりも『あめ』の方がよいと判断)
6.天を領有する軽(大和)の生命力溢れる太陽の女神 (あめ-しる-かる-みず-ひ-め)
7.(天を領有するような)軽(大和)の生命力溢れる太陽の女神(「あめしる→ 日」を導く枕詞&かる-みず-ひ-め)

のどれかです。
そして、この中からひとつだけ選ぶなら、『あめしるかるみずひめ』という、

5.天を領有する軽(大和)の水の女神

だと思います。

以前別の記事で書きましたが、『天照』だけなら太陽でも月でもよいのです。太陽神の決定打にはなりません。
『火明/ホアカリ』という火の明かりこそが古代の人々の太陽であり、そこに『天照国照』と冠して、饒速日命は

天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあまのほのあかりくしたまにぎはやひのみこと)

という、堂々たる太陽の王として、完成するのです。

だから、日で火である饒速日命の妻は、水神でなければならないのです。
島国である日本を囲む海は水。その水を操るのは、月だと古代の人々は知っていました。

日が火であるなら、対となる月は水です。
だから、共に天を治める妃神の名は、水の女神の名が相応しい。

私は、そう思います。

これからは、『あめしるかるみずひめ』さま、とお呼びしなければなりませんね。
でも、私は始めに天知迦流美豆比売様のお名前を知った時の御縁のままに、IDはchikaru(ちかる)のまま名乗らせて頂こうと思います。


これで、私が心惹かれた水神、天知迦流美豆比売様の謎解きと、長い長い藤語りは、ここでひとまずお終いです。

もし見当違いなら、『違いますよ』と、天知迦流美豆比売様が、いつかそっと、教えて下さると思います。
例えばそれは、ふと、新しい情報と偶然出会うような、そんな不思議でさりげない巡り会いで。
その時はまた、私は新たに天知迦流美豆比売様の謎解きをしようと思います。

私はそんな、囁くような御縁の導きを、信じていようと思うのです。
2020. 02. 22  
スサノオ様は、イザナギから勘当され、高天原から追放されたとはいえ、その血筋は天津神と言っていいでしょう。

実は私は、スサノオ様はイザナギ・イザナミ夫妻神の実の子でもおかしくないと思っています。

理由その1.「母に会いたい」と泣いたのは、オオヒルメでもツクヨミでもなく、スサノオ様だけであったこと。
理由その2.【出雲国造神賀詞】で、『伊射那伎の日真名子加夫呂伎熊野大神櫛御気野命』(口語訳:イザナギ神の最愛の御子にして神聖なる祖神、熊野大神櫛御気野命/続く文脈から言ってスサノオ様)と出てくること。(←これ知った時にはガチで驚いた。イザナギ様はスサノオ様を嫌っていたと神話を真に受けていたので)

そして、大年神の母神、激しい神威を表す『神/カム』を接頭語に持つ、神大市比売の『市』が『大和の軽の市』であるならば、天神か地祇か判りませんが、確実に大和勢力の高い地位に生まれた姫です。

そして、大年神の妻・天知迦流美豆比売も、『迦流/かる』が『軽』であるならば神大市比売と近い血筋の姫である可能性が高く、その御子神たちの血筋もアイデンティティも、出雲よりも大和のものであるはずです。

先代旧事本紀では、一度はナガスネヒコの反撃に押され撤退した神武帝が、紀伊半島を迂回し再びナガスネヒコと対峙した時には、ニギハヤヒは、既に故人であったとされています。

再びナガスネヒコは抵抗し、戦争になり命を落としましたが、ナガスネヒコは己が主と仰いだニギハヤヒの血統こそが大和の継承者に相応しいと信じたのです。
ニギハヤヒとは、天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあまのほのあかりくしたまにぎはやひのみこと)という輝かしい名を持つ、偉大な王だったのだから。

大和の地の最初の大王は、ニギハヤヒという、太陽の現人神だった。

これを私が自分の中で覆せないのならば、ニギハヤヒとは、母方の血筋の大和の豪族に婿養子として入る形で王となった大年神である(同じ手順で王となったのが、スセリヒメを得たオオナムチ)、という説が一番しっくりくるのです。

ニギハヤヒの妻としては、身分的には一夫多妻であったと思うのですが、唯一、トミヤビメ/ミカシキヤヒメ(記紀で採用している名前が違うだけで、どちらもニギハヤヒの腹心ナガスネヒコの妹姫です)という妻が記紀に見られます。
他の異名としては、非常に判りやすくナガスネヒメ、そして櫛玉姫命櫛玉比女命櫛玉比売命と、ニギハヤヒと同じ『櫛玉』を冠した姫の名があり、ニギハヤヒの正妻であることを示しているのだと思います。

私は、実は基本的に、A神はB神と同神、という考え方は、出来るだけ避けたいと思っています。
あれもこれもそれもあっちもこっちもそっちも同神!!…という文章を読んでいると、どうしてかウンザリしてきて、読むのをやめたくなります。

古事記も日本書紀も、それ以前の正史が焚書されている程度に、捏造・消去・改竄が沢山あるとは思っています。
でも、一からでっち上げることは出来ないはずです。必ず、骨組みは残っているし、残さざるを得ない。
作り話ばかりにしたなら、世の中のあらゆる階層の人々の中に残る伝承と大きく食い違い、これは大嘘だとばかにされること請け合いです。

令和の世にすら、地元の人々には、アヤトヒメやヌナカワヒメが、大国主の手から逃れようと必死に逃げて、とうとう《隠れた》、或いは身を投げたという伝承が残っているのですから。
いつの世も、人の口に戸は立てられぬのです。

だから、此処には不自然に記載が少ない。或いは存在しない。
重要な神なのにどうして?…と思う箇所には、私も入り込む余地があります。

天知迦流美豆比売は、重要な御子神の母神であるのに、父も母も記載が無い、謎の姫です。
ニギハヤヒの妻も、ナガスネヒコの妹しか名が残っておらず、ナガスネ兄妹の父親が事代主というのも、系図の世代的におかしい。
※ 事代主で正しい、というのであれば、出雲で隠れた事代主とは、称号が同じであるだけの別人です

そして、ミカシキヤヒメことクシタマヒメの子は、記紀には記載が無いようです。
大国主の正妻・スセリヒメについても、母神と御子神の記載がありませんでした。

単に、御子様に恵まれなかった、ということも有り得ます。
でも、古事記にしろ日本書紀にしろ、血統というものに非常にこだわった書物であり、神代の記述はイザナギ・イザナミ夫妻神の産めよ増やせよから始まっており、子を成せなかったならば正妻であっても書き残す必要は無いのが、神代という『神話』であり、のちに続く『歴史』との違いだと思います。

なのに、スセリヒメもミカシキヤヒメも、重要な神の正妻として名を残した。

そういうのは、怪しい。

(つづく)
2020. 02. 21  
前回、天知迦流美豆比売の『知迦流』を『しるかる』と読み、『しるかる』単体で意味をもつ、形容詞の連体形で読み解くことが出来る、というところまで行きました。

しるし/著し
形容詞・ク活用

連体形 しるき/しるかる

著しの意味は、
はっきりしている、際立っている、顕著だ。

しるし(徴・標)と同根として、
ありありと見え、聞え。また感じ取られて、他とまがう余地がない状態。

しるし(徴し・標し・銘し)と同根として、
他の事と紛れることなく,すぐそれと見分けがつく形で表現する意

この例で読み解くと、

8.天の紛うこと無き水の女神
9.天の紛うこと無き生命力溢れる太陽の女神


のどちらかになります。

そして、水の女神なのか、太陽の女神なのか。
その属性は、大年神=大物主(地祇)、もしくはオオトシ神=ニギハヤヒ(神武帝よりも先に天降っていた天津神という設定)が誰なのか、というところに、かかってきます。

私は、大国主、事代主、大物主、という名を名乗った者は、個人名ではなく複数人いると思っています。
愛娘・スセリヒメをかっ攫われたスサノオ様が、オオナムチに『大国主になれ』と言っているように、それは

大きな国のあるじ=大国の王になれ。

という意味であり、また大国主の異名が色々あることから、代々受け継がれた称号なのだと思います。
スサノオ自身も大国主であった可能性もあります。

記紀も出雲風土記も、スサノオは小さなクニの一豪族に過ぎない感じに書いてありますが、だったら何故、スサノオからオオクニヌシへと繋がる、長い出雲神話が必要だったのでしょうか?

どうして、嵯峨天皇は「素尊(素戔嗚命)は則ち(すなわち)皇国の本主なり。ゆえに日本の総社と崇め給いしなり」
なんてことを言っちゃったのでしょうか?

同じく大物主説のある事代主も、何かの称号でしょう。
宣託の神の雰囲気があるので、祭祀を司っていた人物がモデルで、少なくとも確実に2柱は存在します

1柱は、国を譲れという恫喝に、了承したと答えながらも、呪いの天ノ逆手を打って隠れた=亡くなった事代主。

もう1柱は、現在も宮中に祀られている=皇室に祟る怖れのない、確実に守り神となる事代主です。

そして、様々な神名との繋がりを見せる、単にスサノオ神の息子という肩書きだけでは済まない謎の神・大年神。

その妻として、9柱(数えれば10であるのだけれども、オキツヒコ神とオキツヒメ神をひと組でカウントするらしく、9柱の扱いになっている)の子を産んだとされ、その御子神のうち2柱は、平安時代の宮中に、守護神的な役割で祀られていた……ならば、

その母親で『天/あめ・あま』を冠する天知迦流美豆比売もまた、偉大な姫神と認識されていた、と考えるのが自然です。

大年神は、古事記の記述では大国主の国造りを助けた大物主とイコールであることが仄めかされており、ならは地祇の系列のはずです。
でも、大物主ならば地理的にニギハヤヒである可能性が高いのに、ニギハヤヒは神武帝とは別の集団を率いていたものの、ルーツは同じ天津神系列ということにされています。

この辺りは、私がここでゴチャゴチャ言わなくても、既に沢山の人が考察しているとおり、これが正しい!というのはその人次第といった所です。

ならば、私は素人らしく、確実な所から体当たりしたいと思います。

大年神の父・スサノオ様は?

(つづく)
2020. 02. 20  
今までの連載を整理しましょう。

前回の『その4』で、大年神の妻・天知迦流美豆比売が、軽(かる/現在の奈良県橿原市)辺りに勢力を持っていた豪族の姫という、歴史上の人物をモデルにしている可能性ががあり、それならば、同じく大年神の母神である神大市比売も同じ地の出身であるかもしれない、故に非常に大和の血の濃い大年神は、大和の勢力を手にしていた大物主、もしくはニギハヤヒとイコールなのではないか、というところまで行きました。

そして、天知迦流美豆比売が、水の女神なのか太陽の女神は保留ですが、『その1』~『その4』までの考察で天知迦流美豆比売の名をどう読むか、という案は以下の6つになります。

1.天の近くを流れる水の女神 (あめ/あま ちかるみずひめ、と読む説)
2.天に近付く太陽の女神 (同上)
※ 私見では、この二案は解釈が強引で違うと思った

3.天に近い水の女神 (あめ/あま ちかるみずひめ、と読む説)
4.天に近い生命力溢れる太陽の女神 (同上)
※ 意味としては1,2と似ているようでいて、文法は結構違う案で、これは可能性があると思う

5.天を領有する軽(大和)の水の女神 (あめ/あま しるかるみずひめ、と読む説)
6.天を領有する軽(大和)の生命力溢れる太陽の女神 (同上)
※ かなりダイナミックだけど、これだとしたらかなり面白いと思うが、水神か太陽神か不明のまま

天知迦流美豆比売 については、ほかにも読み解き方が見つかっているので、述べてみたいと思います。
実は、『天知る(や)/あめしる(や)』という枕詞、或いは『天知らす』はという動詞の歌が、少数ながら万葉集にあるのです。

ただし、『天知らす』は除外します。何故なら
>これらは、死後は天に戻って天上をお治めになる意(中略)
>死後は天に戻って天上をお治めになる意で、貴人の死に対する敬避表現である。(中略)
>空間的にも時間的にも永続的に支配することができる天皇(皇子)の力を賛美した表現とも言えよう。このような表現の発想は、記紀神話の世界観に基づくものであると考えられる。
(國學院大學 万葉神事語辞典から引用)

という理由からです。
因みに、『天知る(や)』は、やはり『天を領有する』という意味で、『日』にかかる枕詞です。万葉集にはひとつしか例がありませんが、この路線で行くと

7.(天を領有するような)軽(大和)の生命力溢れる太陽の女神

となり、日の女神に限定され、水神の可能性が無くなります。

もうひとつ。『天知迦流美豆比売』の『知迦流』を『しるかる』を、『しるし』という形容詞の連体形に取ることも出来ます。

我ながら、よく色々調べたなぁ……
でも、私は知りたかったんです。

母神不明のスセリヒメと同じように、出雲の重要な神裔に名を連ねながら出自不明の、そして古事記に名はあれど日本書紀からは何故か無視された、天知迦流美豆比売という女神様のことを。

(つづく)
2020. 02. 19  
昨日の『その3』では、天知迦流美豆比売が、現在の橿原市・軽という土地に縁の深い姫、多分豪族の姫で、大年神が婿入りする形で大和の地で勢力を継いだ可能性を導きました。

出雲の継承者は、末子相続でスセリヒメになりますから、兄姉はよその土地に出てゆき、活躍した伝承を持っています。
大年神もまた、そうであった可能性が高いです。

そして。
思い返せば、大年神の母神からして、大物っぽいんだった。だって、オオヤマツミの娘であるその女神の名は、

神大市比売。(かむおおいちひめ)

ただの『市比売』でもなく『大市比売』でもなく。
『神』大市比売。

神名の「神」は神霊の発動の激しいことに畏敬して冠する接頭語、「大」は「偉大・立派」、「市」物々交換をするために人が集まるところを表し、名義を「神々しい、立派な市」と考えられる。 このため市場の守護神として信仰される。(wiki引用)

私は、古代にも『市』があったとは思ってもみなかったのですが、日本人は縄文文化を持って朝鮮半島に渡った、所謂『倭人』の土地で、物々交換の交易をやっていました。
ならばきっと、陸でも物々交換の『市』が栄えていおり、とても貴重な各地の品々が持ち込まれていた、非常に重要な場所であったのでしょう。

そして、『迦流/かる』→『軽』もまた、神武天皇の畝傍橿原宮近くに栄えた土地。

神大市比売の親神・オオヤマツミ神もまた、謎の神様です。
かなり子沢山で、重要な神と重要な場面で、相手の勢力に関係なく血縁関係を結んでいるのです。
例えば、

【出雲】テナヅチ・アシナヅチ夫妻(神にはアリの兄妹婚?クシナダヒメの両親=スサノオの義両親)
【日向】イワナガヒメ・コノハナチルヒメ(出雲の神の妻)・コノハナサクヤヒメ(ニニギの妻)の3姉妹
【大和】神大市比売/カムオオイチヒメ(具体的なエピソードは無いが、オオトシ神・ウカノミタマ神という、かなりメジャーな神の母神)

…が挙げられます。

一方で、天知迦流美豆比売の父神も母神も不明です。
でも、天知迦流美豆比売が、軽という市が栄えた土地の姫なのだとしたら、大年神の母・神大市比売の市も、軽の市を差している可能性が出て来ます。

つまり、大年神は大和の豪族の姫を母に持ち、その縁から出雲を出ると大和に向かい、母と同じ一族の姫を妻にしたことになります。

それならば、古事記のエピソードのように、出雲を拠点としているオオクニヌシに、わざわざ三輪山に鎮まりたいなどと言わなくても、もともと大年神はその近辺に縁もあれば権力も持っていたのです。

もし、大年神が、大物主もしくはニギハヤヒであるならば、そういうことになります。

(つづく)
プロフィール

chikaru414

Author:chikaru414
日本の神話と神社仏閣、それにまつわる歴史が好きです。
スサノオ様、スセリヒメ様はじめ出雲の神様と水神様推し。
定義山西方寺を崇敬。伊達政宗公を尊敬する伊達家家臣末裔です。透明水彩絵師。

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