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2020. 05. 29  
違 う 。

と、しょっぱなから自分が付けたタイトルを否定したいと思います。

まず、牛頭天王(ごずてんのう)とは何か。

諸説有り。

…なのは事実なのですが、ざっくりと確定事項を述べたいと思います。

1.神仏習合の時代に登場した仏教の神(仏教でも明王以下、お酒をお供えしてOKなのは神)。道教的な要素も強いが、中国の文献にその名は無く、日本産・日本独自の神である。
2.誰が言い出したんだか、釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神、というご立派な設定であるからして、善き神なのかと思いきや、とんでもない疫病の神、まさに疫病神である。
3.疫病とは、日本の歴史上、疫病として流行したと考えられているものに、痘瘡(天然痘)・麻疹(はしか)・赤痢コレラインフルエンザ(らい病)・結核梅毒コロナウイルスが挙げられる。どれも、ろくな医学もない時代にあっては、人民が大量死し、集落ごと消滅することすらあった。
4.疫病神は、疫病をもたらす恐怖の神ではあるが、蘇民将来伝説のように、疫病除けをして人間を守る事も出来る
5.荒ぶる英雄神・スサノオと習合・同一視されて、日本中で絶大な人気を誇った。その理由は、2020/05現在の新型コロナウイルスの世界規模の惨状と古代を重ねてみれば、現代人にもリアリティを持って感じられるだろう。
5.本地は薬師如来で、その仏像の多くはその手に薬壺を載せており、霊験は病気平癒である。
6.朝鮮語のゴズ(牛頭)とは、何ら関係が無い。
※ 『朝鮮語は日本古代史や古典の参考資料にはならない話。』その1~その5(20/05/18~22) 参照

こんな感じでしょうか。

なお、牛頭天王については、こちらのサイト様が詳しいです。
日本人と牛信仰については、こちらのサイト様が、牛頭天王信仰と合わせて参考になります。

そういう訳で、牛頭天王は日本で誕生した神であり、また渡来人がスサノオ様を祀りたいと申し出た話などもあるのですが、それはスサノオ様の信仰が日本に渡来したのではなくて、逆です。

スサノオ様はクシナダヒメ様という弥生文化の象徴であるような女神様を正妻に選び出雲を自らの拠点に選びましたが、縄文文化的エピソードを持つ神でもあり、おそらくかなり古い時代から信仰されていた神様です。
そして、朝鮮半島は日本の縄文人が移り住んだ縄文文化の土地であり、前方後円墳すら存在し、人の流れとしては日本→半島の方が多かったということです。

スサノオ信仰が日本から半島に渡った人々とセットで伝播していたので、その信仰を持って日本に渡来した子孫が、自分たちもこちらでお祀りしたいのでにスサノオ様の御魂をお分け下さいと申し出たのでしょう。
※ 大歳神信仰も同様だと思う

スサノオ様は、イザナギ・イザナミ神信仰の地・淡路の海人族の流れを汲んで出雲を本拠地にした一族だというのが私の主張ですので、日本書紀の言う新羅のソシモリには立ち寄っただけで日本列島に帰ってきたのです。

そして、よく聞かれるのが、
『ユーラシア大陸はインドを境に牛神信仰エリアと竜神(蛇神)信仰エリアに分かれており、牛神信仰では龍は神ではなく魔物である。』

という話です。故に、
バリバリに蛇信仰で龍信仰の日本で、牛頭天王と習合したスサノオは、渡来神であり征服者である。

という主張する人々が結構いるのです。

私は違うと言えるんですけども。

(つづく)
2020. 05. 28  
可能性…と言うよりも、私は確信を持っています。
スセリヒメとは、《一定の条件を満たす》出雲の姫に受け継がれた名前であるはずです。

よく知られているスサノオ様の8人の子は、八坂神社の八王子でしょうか。

八島篠見神、五十猛神、大屋比売神、抓津比売神、大年神、宇迦之御魂神、大屋毘古神、須勢理毘売命

みな名前だけは全て記紀に出て来るので、お馴染みの神様です。
五十猛(イタケル)と大屋毘古(オオヤビコ)は同神説があります。

同名で、大屋毘古(オオヤビコ)とは違うのは性別だけという、大屋比売(オオヤヒメ)は、見るからに対になっているきょうだい神と見るのが自然なのですが、オオヤビコ=イタケルが成立するかどうかは、私は断言するには手札が足りません。

とにかく、取り敢えず8人いないと、八坂神社(祇園さん)的には困るんです。

八坂神社は、スサノオファミリーの神社と言うよりも、牛頭天王を祀る色彩が強い神社です。
牛頭天王は妻の頗梨采女(はりさいにょ)との間に、8人の御子を設けたとされ、八王子権現と呼ばれました。

一応、神仏習合ではスサノオ=牛頭天王ということになっていたので、漠然とスサノオ様を意識してはいたかも知れませんが、圧倒的に牛頭天王信仰の場所(寺か神社かよくわからない)であった思います。
※ そんなものです。家康公の日光東照宮さえ、寺か神社か曖昧だった

明治の神仏分離で、八坂神社はスサノオファミリーを選ぶことになり、八王子に対応するスサノオの御子神を必要としたのでしょう。
でも、牛頭天王が、実は日本産の神様(仏教であっても、菩薩未満は仏ではなく神という、仏教に理解を示し協力してくれる立場の存在)で、どういう訳か祇園精舎を守護していたとか、八王子を設けたとかいう設定に出来上がってしまったのです。
そして、

スサノオ様と言えば、『8』が付いて回ります。

八雲、八重垣、八岐大蛇、そしてハニー・クシナダは8人姉妹の末娘。(他にもあったと思いますが、取り敢えずこの辺りで)

出雲風土記でも、スサノオ様の御子神は8柱です。
産まれた順ではないと思いますが、

 青幡佐久佐日古命(アオハタサクサヒコノミコト)
 都留伎日子命(ツルギヒコノミコト)
 衡鉾等乎而留比古命(ツキホコトオテルヒコノミコト)
 磐坂日子命(イワサカヒコノミコト)
 国忍別命(クニオシワケノミコト)
 和加須世理比売命(ワカスセリヒメノミコト)
 八野若比売命(ヤヌノワカヒメノミコト)

…と、ワカスセリヒメ以外は、どうも馴染みのない神様なのです。

それでも8人揃っている、ということは、やはりスサノオ様には8という数字が関係しているのでしょう。
そして、遠隔地にいる私には馴染みがなくても、八重垣神社の祭神は、

主祭神:素盞嗚尊
櫛稲田姫
大己貴命
青幡佐久佐日古命


というラインナップなので、青幡佐久佐日古は、確かに地元の伝承には残る神なのです。記紀には何故か取り上げられなかっただけで。
それ以外の出雲国風土記の御子神も、そうなのだと思います。
現代でも、八重垣神社をお祀りしているのは、青幡佐久佐日古命を祖神とする佐草氏です。

神社の世襲は無しというのが今の建前ではありますが、実際には遙かな昔から同じ一族が祖神を祀り続けている、そんな歴史ある神社が幾つもある日本という国は、世界中の人々が驚く奇跡の国だと思います。

スセリヒメを含むお馴染みの八王子とはメンバーが違っても、出雲国風土記には別の8柱が挙げられており、実際に地元では信仰されている(或いはされていた)神が、確かにいらした。

他のきょうだい神がゴッソリと入れ替わっているのなら、古事記の『須勢理毘売命/スセリビメ』と、風土記の『和加須世理比売』は別神、時系列的・歴史的には別人と考えるべきだと思います。

神社に祀られているスセリヒメも、きっとごっちゃになっていることでしょう。
いずれもオオクニヌシorオオナムチの嫡妻、或いはスサノオ様の娘、という条件を満たしている存在であるならば、後世混ざってしまっても何の不思議もありません。

そして、スセリヒメが何代かいたように、スサノオ様も何代か引き継がれた称号だと思うのです。

(つづく)
2020. 05. 27  
スセリヒメは、日本書紀には出て来ません。
オオクニヌシの嫡妻であるにもかかわらず、黙秘を貫かれています。

何故なら、日本書紀ではスサノオ様とクシナダヒメ様の唯一の実子がオオナムチとされているので、産まれたときから出雲の嫡子の地位を約束された立場であるので、入り婿する必要が無い=スセリヒメというスサノオ様の末娘を出す必要がないのです。

日本書紀、上手く隠したな。しかし我らには古事記がある!

スセリヒメ様の名前の表記は、
古事記:須勢理毘売命、須勢理毘売、須世理毘売
先代旧事本紀:須世理姫
出雲風土記:和加須世理比売命(わかすせりひめ)

古事記表記ですと、『ビメ』と読めますが、先代旧事本紀と出雲風土記に倣って、『ヒメ』と清音で行きたいですね。
濁点を付けずに、

スセリヒメ、の方が美しくありません?(それだけの理由ですすみません)

ただ、出雲風土記の『ワカスセリヒメ』と、古事記・旧事本紀の『スセリヒメ』が、同一人物かどうかは断言できない、と私は読んでいます。

何故か。例えばスサノオの息子・大歳神(オオトシ・敢えて漢字表記してみる)の系譜を辿りますと、

大年(初代?)
御年(オオトシの子)
若年(ミトシの子)

…と、多分これ、全員の名前が同じ《トシ》なんです。

区別をするために、一番年長の《トシ》は大年、その子供は《トシ》と呼び捨てにするもの不敬なので、御を付けて御年(ミトシ)。
更に《トシ》の名を引き継いで、若年(ワカトシ)。

この『若/ワカ』って、まさに若々しく活力のある神威を讃える美称に使われるのですが、単に新しい世代の者に付けて、その前の世代と区別する使い方もあるのです。

例えば、古事記には『大日孁/オオヒルメ』と対を為すかのように、『稚日女/ワカヒルメ』が出てくるのですが、この『稚/ワカ』は神威を讃えているのではなく、オオヒルメと区別を付けているのだと思います。

和加須世理比売の『和加/ワカ』も『若/ワカ』や『稚/ワカ』と表記が違うだけで使い方は同じ言葉です。
つまり、

スセリヒメは、複数人いた可能性がある。

(つづく)
2020. 05. 26  
スサノオ様の愛娘・スセリヒメ様という聡明で一途で美しい女神様に心惹かれた人は、一度はその名前の意味を調べてみようと思ったのではないでしょうか。

例えば『コノハナサクヤヒメ』のように解りやすい名前ではありませんので。
謎の女神として有名すぎる瀬織津姫でさえ、その正体はともかく、名前は早瀬の水神というわかりやすさです。

スセリヒメ。美しい響きであるというのに、意味不明。

そして、調べてみても、ガッカリするような解釈しか出てきません。
先日の記事から再び持ってきますが、

>「須勢理」は「進む」の「すす」、「荒ぶ/すさぶ」の「すさ」(スサノオのスサのこと)と同根で勢いのままに事を行うこと、「命/ミコト」が着かないことを巫女性の表れと解し、「勢いに乗って性行が進み高ぶる巫女」と考えられる。(ソース:新潮日本古典集成 古事記)

だなんて、美しさの欠片もなければ品の欠片も無い許し難い!

私は既に、
『スサノオがイザナギの日真名子かもしれない話』全31話、及び『アマテラス月神説とスサノオ分身説。』という全17話に及ぶ連載記事にて、スサノオ様は日神である根拠を述べてきました。

泣き喚けば旱を起こす太陽神ですから、確かに荒ぶる面はありますが、水神、火神、海神、山神、雷神、風神、みんなそうであって、スサノオ様だけを殊更に荒ぶ男呼わばりは間違っています。

私の読みでは、スサは普通に地名の『須佐』です。
記紀・風土記で、共通して『スサノオ様が自分の名を草木ではなく土地の名にした』、と重要事項にしては珍しく伝承が一致しているのですから、そうなのでしょう。

ただ、歴史的には、《スサという地名》が先にあって、海の民であったヒルコが斐伊川から出雲に入り、まだ幼いクシナダヒメ(日本書紀:少女。古事記:童女)を娶ることになり、本拠地にしたのが須佐であったので須佐之男と呼ばれるようになった、という順序だと思います。

その地名、《スサ》が何を意味するのかは、私にもわかりません。
でも、由来がわからないというのは、《須佐之男のスサ》は太古の地名だということです。イザナギ・イザナミ夫妻神を信仰した海人の淡路島にも、今でも判読不明な地名が幾つも残っています。

淡路島の海人達は、外部に対しては活発に出てゆき、交流・交易をしましたが、島という内部には関してはよそ者を入れることを歓迎はせず、閉鎖的ででした。日本中のあちこちに、客人(マレビト)信仰があるのとは対照的です。

古代の日本では、海に流れ着くものを神聖視する信仰があり、海の向こうからやって来る人々を客人(マレビト)として歓迎していました。
だから出雲の人々は、浜に打ち上げられるウミヘビを神としたのですし、《海に流されたヒルコ》もまた、として迎えられ、権力者がいくら貶めようとも全く無駄な感じに手厚く祀られ、後には恵比寿さまと習合して(海で亡くなったコトシロヌシもまた恵比寿さまと習合している)、一層ありがたい神として崇敬されたのです。

淡路ほどではなくても、日本中に、それってどういう意味?という地名はありますし、今は《須佐》の意味については論じません。
ただ、地名として考察を進めたいと思います。

wikiの引用にあったように、『スサノオ』と『スセリ』は、何となく似ています。
始まりの子音が、2連続で”S”だからです。

その響きの鋭さから、『すさぶ』、『すすむ』、など同根の言葉が発生したというのが、スサノオ荒ぶ男論・スセリヒメ思うがままに進む女論の論拠なのでしょう。

だが芸が無い。

神話なのですから、大抵の神は実在の人物を反映していても、神としての属性を持っています。
例えば、ヌナカワヒメは、玉の河の姫です。(古語で、ヌ=玉。ヒスイの産地だった)

まあ、ヤガミヒメのように、八上は現在の地名の八頭郡(やずぐん)の事で、八上の姫、だけなのですけれども。
それでも、オオクニヌシとの御子神には『御井神』の名があり、水の神、井戸の神、エピソードとしては安産の神という属性があります。

スサノオ様の、始まりの日神という属性は、隠されました。
ならば、出雲の末子、つまり正当な後継者・相続者として、オオナムチに王位を与える事が出来たスセリヒメが、

「勢いに乗って性行が進み高ぶる巫女」などという、麻薬を吸って妄言を吐く狂女のような無礼な名であるはずが無い。

《スセリヒメ》の名の本当の意味、或いは本当の名前とその名が示す属性は、きっと隠されている。

(つづく)
2020. 05. 25  
まず、高貴な姫が、ルックスだけはいい男と目が合っただけで一目惚れし、その場でセッ(ry というのは、いくら性に開放的な昔の話であっても、軽はずみの誹りを免れません。

「お父様、素敵な男神様がいらっしゃいましたわ。だから結婚しちゃったんですの」

事後報告されたら、スサノオという猛々しいお父様じゃなくてもブチ切れて当然です。
オオナムチは、その場で一刀両断されなかったことに感謝すべきです。

まあ、スサノオ様は一刀両断とは別の手段で殺しに来るんですけど。

とはいえ、これらのエピソードは、完全に神話として読むべき所です。
つまり、完全に創作された物語である、ということです。何故か?

大昔の高貴な男女の結婚、しかも権力の多くを任せる婿入りとなれば、99.9%政略結婚です。

つまり、スセリヒメ様とオオナムチの婚姻は、スサノオ様が同盟を組むか合併したいと思う豪族の男性を、しっかり吟味して婿に選んだのであって、軽はずみで淫乱な姫なんて、出雲のどこにもいなかったんですよ。

これは、オオナムチにオオクニヌシとなる正当性を与えつつ、スサノオ様の娘・スセリヒメ様を貶める為の物語なのです。

嫉妬が過ぎる恐ろしい女のレッテルも、古事記が貼り付けたのです。

そして、これにまんまと引っ掛かった後世の学者は言う。(wikiに少し手を加えて引用)

>「須勢理」は「進む」の「すす」、「荒ぶ/すさぶ」の「すさ」(スサノオのスサのこと)と同根で勢いのままに事を行うこと、「命/ミコト」が着かないことを巫女性の表れと解し、「勢いに乗って性行が進み高ぶる巫女」と考えられる。(ソース:新潮日本古典集成 古事記)

私が補足しましょう。
上記の文章は、純然たる神話として、《完全な創作物語》としてサラッと読んでおけばいいところを真に受けているばかりか、『命』という最低限の敬称もないという理由で、スセリヒメは神話の中でも神になり切れていない巫女に過ぎない、と言っているわけです。

…ヲイ。その、新潮日本古典集成古事記とやらを書いた奴。不敬罪で氏(ry

現代語訳だけじゃなくて原文読めや学者なら。

須勢理毘売2回記されていることも知らないのか?

それから、古事記は敬称がかなりいい加減だってことくらい覚えろ。

イザナギ様なんて、呼び捨てから『大御神』バージョンまで幅があるんだぞ。

そして、スセリヒメ様の汚名については、断じて違うんだからね!!!

と、私のスセリヒメ様の名誉回復の為に(誰が誰のスセリヒメ様だ)、その美しき御名の意味を考察することにしたのでした。
当然に、スセリヒメという名に影響を与えたと思われるスサノオ様の御名についても、解いてみようと思います。

(つづく)
プロフィール

chikaru414

Author:chikaru414
日本の神話と神社仏閣、それにまつわる歴史が好きです。
スサノオ様、スセリヒメ様はじめ出雲の神様と水神様推し。
定義山西方寺を崇敬。伊達政宗公を尊敬する伊達家家臣末裔です。透明水彩絵師。

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