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2020. 04. 03  
※ 前回の『その19』は、2020/03/31 の記事です。

大日孁貴にしろ、天照大御神にしろ、いくら『貴/ムチ』やら『大御神』やら、最上級の尊称を付けたところで、あまてらす/あまてる という枕詞は、太陽だけではなく月にもかかる。天照だけでは至高の太陽神の名を指していない。

決め手となる『火の明かり』=ホアカリ を、いっそニギハヤヒから取り上げてしまえば、太陽神である決め手になったのに、どういうわけかそれは出来なかった。
※ どういう訳なのか、現時点では私もわからないので、もしわかったら後述します

スサノオが高天原にやって来た時のアマテラスの描写では、田を作っていることから農耕の神、或いは穀物の神
繭を口に含んで絹糸を出したり、機を織っていることから、養蚕や織物の神でもあります。
しかも、新嘗祭の準備をしたり、機を織ったりというのは、

巫女の属性であって、最高位の神のすることではありません。

天照の名を被せられた『ヒルメ』は、何らかの神に仕えていた巫女が神格化されたものであり、つまり

ヒルメが仕え祀っていた神が別に存在した、ということです。

アマテラスことヒルメは、一体どんな神に奉仕し祀っていたのか?(かなり知りたいですが、今回は見送ります。この謎は深すぎる)

スサノオについて今まで上がった属性を、整理してみましょう。
出雲国造神賀詞から、太陽神属性と、食の神属性
指定された支配領域と、ギ・ミ神が淡路島の神であることから、海神属性
日本書紀のヒルコの記述から、太陽神属性
そして、泣き喚いた結果の惨状を、私は旱と解釈しましたので、太陽神属性
そして、あるエピソードから、雷神属性。(後述)

なお、以前は私も可能性にカウントしていたのですが、今は違うんじゃないかと思うのが、

荒ぶる神全開の、根強い嵐の神属性
ツクヨミと豊穣の女神殺しのエピソードが被っているので、月神属性

次の謎は、『アワシマ』、そして『アワ=オオゲツヒメ』の属性です。
太陽神ヒルコと共に葬り去られた、謎の女神。

(つづく)
2020. 04. 02  
実は、伊達家が本当に藤原北家の末裔なのかどうかは、よくわかっていません。

でも、創建時不明なほどの古社で、地元の人からの絶大な信仰を得ていた鹽竈神社(仙台ではなく、海沿いの塩竈市にあり、やや南寄りながらも仙台の鬼門封じ)の祭神が、鎌倉時代辺りから行方不明状態だったので、4代綱村公が優秀なブレーンを集めて《解明》した祭神が、シオツチノオジ神・タケミカヅチ神・フツヌシ神の三柱で、現在もそのままです。

※ 真の御祭神は、明治時代に発見されました。発見される程度に、本当は代々の宮司が外側には口をつぐんでいた(知られると、瀬織津姫のように消されるから?)だけで、密かに言い伝えられていたという事なのでしょう

つまり、上記の三柱は、鹽竈神社の神様は、塩の作り方を教えてくれたという言い伝えから、それっぽい名前のシオツチノオジ神(神武に東の方に良い土地があると教えた神様)を持ってきて、残りの2柱は、藤原氏の祖と言われる鹿島神宮と香取神宮の武神を勧請した、ということです。(単に箔を付けたかったので、国譲りでの決め手となった神に藤原の系譜をくっつけたのですが、そんな事情は後世の殆どの人が知らなかったと思います)

真偽の程はともかく、藤原氏の祖神を祀るくらいに伊達氏には藤原北家の末裔の自覚があったのだし、ひょっとしたら、日光東照宮というものが出来て家康公が祀られるということがなかったならば、城下町の鬼門の守りの最有力は、伊達家祖神であるからという理由で、タケミカヅチ神かフツヌシ神であったのではないかと思います。

忠宗公がいずれ遷座するつもりの天神社の社殿をわざわざ修築しているのは、藤原北家の末裔・伊達家としては、絶対に管公の御魂に無礼を働いてはならなかったからです。
きっと、現在の地への社殿新築と遷座が完了するまでは、腫れ物のように扱っていたのではないかと思われます。

そして、鬼門の守りは東照宮の家康公にお任せするとして、天神社をどうするか?

私は、榴岡に遷座させたのは、なかなかナイスな選択だと思うんですよ。
元々そこにあったものを、無かったことには出来ませんから、何処かで丁重に祀り続けなければならない。そして、

スサノオ様が疫病神・牛頭天王と習合して絶大な信仰を集めたように、祟り神は誠心誠意お祀り申し上げれば、守護を下さる存在なのです。
鬼門に置くのは流石に怖いけれども、置く場所さえ間違えなければ、天神にまで上り詰めた管公は最強です。

だから、最適な場所に置けば良い。

現在、榴岡天満宮がある場所は、仙台城下町の6つのポイントのひとつで、仙台城から見て卯辰(東と東南東との間)の方角です。
八卦(はっけ)というものを、御存知でしょうか?当たるも八卦当たらぬも八卦のアレです。

八卦で言うと、天満宮の現在地は、仙台城から見て『震』という東の方角の範囲内で、対応する自然現象は

『雷』。

なのです。
偶然にしては出来すぎなので、わざと、でしょうね。

境内の桜の神木が寿命で、残念ながら伐採されてしまいましたが、この辺りは昔から桜の名所だったそうです。
桜は、サ(神)のクラ(坐)。雷公こと管公には、居心地の良い神社なのではないかと思います。

2度もご降臨(落雷)する程度には。

私は、仙台城下町の結界を考え始めた頃の政宗公は、まだ天下人の野望を諦めてはいなかったと思います。
的確に軍事的要所を抑えるという、実益を兼ねた呪術都市を創ろうとしたのですから。

でも、政宗公は鬼門の守りに、家康公の御魂を祀った。
これは、家康公を天下人と敬意を払い、家康公亡き後の徳川幕府と天下を守ってゆく意志が無ければ出来ないことです。
叛意を持ったままでは、管公も家康公も、鬼門に置く危険度は大差有りません。

東照宮の勧請を考えた頃の政宗公は、再び乱世を起こして自分が天下を取ることよりも、太平を望み、なかなかに難儀な領地を開墾し、豊かな国を築き、子孫に託すのだと、お心を決めていたと思います。

だから、政宗公は戦国時代のヒーローで、徳川の世にあっては仙台藩の名君たり得たのです。

家臣の末裔として、誇りに思い、感謝しつつ、この度の6話に渡る藤語りを終えたいと思います。
2020. 04. 01  
※ 前回『その4』は、2020/03/28 の記事になります。

藤原北家(ふじわらほっけ)とは、何か。
藤原不比等の次男、藤原房前を祖とする、藤原四家の中でも最も栄えた家系です。

その系譜の中に、藤原時平(ふじわらのときひら)がいる。

菅原道真公を、讒言によって失脚させ太宰府配流へと追いやった主犯と言われる、
『あの』時平公です。

……ということにされているので、時平公ってめっちゃ腹黒い悪者のイメージですよね。

確かに、藤原氏にとって菅原道真公は邪魔な存在で、藤原氏以外の氏族の排斥活動の一環であったのでしょう。
でも、単に時平の陰謀によるものではなく、道真に反感を持っていた多くの貴族層、時平を含む藤原氏、源氏公卿、学者らの同意があった計画であったようです。

時平公は、才覚にも容姿にも優れ、好色でトラブルも起こしましたが、道真公配流後は意欲的に政治改革に着手した、非常に優秀な政治家でした。
それ故、時平公が辣腕を振るった醍醐天皇の治世は、延喜の治と呼ばれ、後世の理想とされた時代であったのです。

というと、老獪なイメージを私は勝手に持っていたのですが、時平公は39歳の若さで病死。
勿論、悪者のレッテルを貼られる程度に、日本三大怨霊・菅原道真公の祟りと伝えられております。

時平公の死後、その権力は弟の嫡流へ移り、時平公の系譜は中級・下級貴族へと没落の道を辿るのです。
藤原氏に限らず、没落した貴族が武士になるのは珍しくないので、『もし本当に伊達氏が藤原北家の末裔であったなら』、そのパターンなのかも知れません。

とは言っても、藤原北家の栄華自体が終わった訳ではありません。
近衛家と名を変えて五摂家に名を連ね、今でも政治家を輩出しているくらいですから。(苗字違うけど。母系繋がり???)

そうであっても。
藤原時平公に祟り、その怨霊を鎮めるために、天津神でもないのに天神とまで呼ばれるようになった管公を、仙台城の鬼門に置くなんて

鬼門の守りどころか鬼門に金棒を持った鬼を置くようなもので、非常にヤバイ感じが満々です。

こりゃあ、是非とも取り替えたいと思うはずだよ……

(つづく)
2020. 03. 31  
そして、不思議なことに、アワことオオゲツヒメは、実は古事記では2回生まれているんです。
1回目は既に述べたとおりに国産みの場面で、四国の4つの顔の一つです。

国産みを追えると、ギ・ミ夫婦神が、もう読み飛ばしたくなる感じに沢山の神を生む訳ですが、

>次に生んだ神は、鳥之石楠船(とりのいわくすふね)で、またの名は天鳥船(あめのとりふね)という。
>次に大宜都比売(おおげつひめ)を生んだ。

確かに、同じオオゲツヒメという名前だし、しかもその前には鳥之石楠船(とりのいわくすふね)まである。

鳥之石楠船とは、日本書紀の異伝に出てくる、ヒルコが捨てられる時に乗せられた船の名前です。

日本書紀異伝では、わざわざ鳥之石楠船という神を生んで、その船にヒルコを乗せるのです。(モノ自体が神、という発想は日本古来の信仰では珍しくない。天叢雲剣が神宝であると同時に《神》であるように)

でも、古事記では、鳥之石楠船という神が生まれた次にオオゲツヒメが生まれている
日本書紀のヒルコと同パターンだとすると、

鳥之石楠船とは、オオゲツヒメ=アワシマが海と天(どちらもアメ/アマ)を渡る船だということになります。

大宜都比売とは、偉大さを讃える『大』をとっぱらってしまえば、『ゲツヒメ』。
ゲ→ケで、ケ(食)の姫神です。

そして。姫ではないんですけれども。
そもそもこの連載の端緒になった出雲国造神賀詞に出て来て、熊野大社の祭神でもある、

伊邪那伎日真名子(いざなぎのひまなこ)加夫呂伎熊野大神(かぶろぎくまのおおかみ)櫛御気野命(くしけみぬのみこと)

つまりスサノオの長々しい名前なんですが、その長々しい装飾を外してしまえば、『ケヌミコト』。→

ケ(食)の神、であることは、この長々しい連載の初めの方で述べました。

日本書紀には、アワシマ同様に、出雲の後継者・スセリヒメも、古事記では大物主と同一であることを匂わされているオオトシ神も出て来ません。

日本書紀の本文では、オオナムチはスサノオとクシナダヒメの実子で、しかもオオナムチひとりしか出て来ません。
そして、その後のスサノオの半生は語られないまま、スサノオは根の国に去ります。
異伝では、古事記に出てくる神と同神かと思われる思われる神の名も散見されますが、それが返って、スセリヒメとオオトシを排除したのは、よほど触れたくなかったんだなと思います。

そのように、『アワシマ』も重要な神だから日本書紀は黙殺したのではないか。

どのように重要で、どのように邪魔だったのだろう…?

私は、A神とB神とC神とD神は同神だ!というのは、基本あまりやりたくないと思っています。
同神だということにすると、非常に単純な構図になって、自分の考察を通しやすくなる、という、場合によっては御都合主義の安易な手段だからです。

でも、スサノオは謎だらけの神です。
謎だらけなので、多くの人が『荒ぶ神』、『嵐の神』、『ツクヨミと同神』、辺りが通説のまま止まっているのだと思います。

私は、勉強不足にも、出雲国造神賀詞で謳われるスサノオの名や、熊野大社の祭神の名を知りませんでした。
知らないままだったら、スサノオが太陽の神で食の神であるということなど、露ほども思い付かなかったと思います。

実際、記紀編纂時の権力者の意向で、《スサノオが何者なのか》を幾重にも隠しているので、私も基本スタンスから外れて、スサノオやヒルコ、アワシマが

どの別神の名で隠されているのか?

…ということを、を探し出さなければなりません。
記紀は権力者の意に添うように書かれている一方で、『本当はこうだよ』というヒントも残してくれているのですから。そして、

様々な属性を持っている神代表は、意外にも至高の最高神・女神アマテラスです。

この神もまた、スサノオとは真逆の理由で正体を隠され、これでもかと不自然に祭り上げられている故に、かえって

太陽神になり切れていないのです。

(つづく)
2020. 03. 30  
神話や神社の伝承だけではなく、考古学も網羅している方々からは、

何を今更?と呆れられそうですが。すみません、私今回淡路島について調べてみるまでは、全く存じませんでした。

私は、弥生時代の鉄器加工の遺跡がある、といことは知っていたのですが、淡路島の五斗長垣内遺跡(ごっさかいといせき)が、弥生時代後期・1世紀ごろのおよそ100年間にわたり存在した、国内最大規模の鉄器製造群落遺跡だったのですね。

加工場と製鉄所とはまた違うので、製鉄所が見つかって欲しい所です。

ならば、弥生時代の淡路島の人々は、鉄器の交易を生業にしていた可能性があります。
そう考えると、スサノオが出雲にその技術を持ち込んだかもしれず、これはかなりワクワクします。

一方で、鉄器の硬度は青銅器に勝り、例えば鉄文化と青銅器文化の勢力が戦争になったら、勝つのは前者、という世界の歴史があります。
古代中国王朝が、製鉄の技術の流出を長く防いでいたのも、そのような理由だと思います。

淡路の人達も、自分たちのものとして鉄器を大量に所有していたかもしれないのですが、加工技術を持っていたということは重要です。

また、鉄器製造の遺跡は山間部で、住居は少ないことから、そちらは鉄器加工に特化した地域で、居住地のメインは先に開けていた平野部なのでしょう。
その平野部で先に農耕が行われていたかもしれないのですが、とにかく古代淡路と言えば五斗長垣内遺跡であるようで、検索してみてもわかりませんでした。

日本書紀は、そんな先進的淡路島を貶めるだけでは済まずに、『アワシマ』という神については黙殺していますから、ここは古事記の国産みの場面に立ち返ってみます。

>このように言い終わって(先にイザナギが声をかけて、次にイザナミが声をかけるという、陰陽の正しい手順にやり直した)、結婚して生まれた子は、淡路之穂之狭別島=淡路島/あわじのほのさわけのしまである。

>次に、伊予之二名島=四国(いよのふたなのしま)を生んだ。
>この島は身体は一つで顔が四つある。
>それぞれの顔に名があって、伊予国(いよのくに)を愛比売(えひめ)といい、讃岐国(さぬきのくに)を飯依比古(いいよりひこ)といい、阿波国(あわのくに)を大宜都比売(おおげつひめ)といい、土佐国(とさのくに)を建依別(たけよりわけ)という。

…いました。『アワ』が。
淡路島と、ほんの少しの海を隔てただけの国に。

(つづく)
プロフィール

chikaru414

Author:chikaru414
日本の神話と神社仏閣、それにまつわる歴史が好きです。
スサノオ様、スセリヒメ様はじめ出雲の神様と水神様推し。
定義山西方寺を崇敬。伊達政宗公を尊敬する伊達家家臣末裔です。透明水彩絵師。

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